« 啓太の一日 ( 鮎 ) | トップページ | 啓太の一日 ( 毛がに ) »

啓太の一日 ( タマ )

Photo_8「 バサ バサ バサ 」
空が白み始めた日曜の早朝の出来事であった
裏の武田のじいちゃんちの鳥小屋から 騒々しい羽根音と埃の様に舞い立つ白い羽毛が見て取れた
啓太は裏のじいちゃんとの約束事で 毎朝この鳥小屋の掃除をする事と成っていたのである
( あれ 鳥小屋の中に何か居るぞ )
啓太は入口に立て掛けて有った 竹箒を取り上げると 恐る恐る 鳥小屋に近づいて行った
( 居る ) ほの暗い闇の中で 何かが息を殺して此方を覗っている様だ
啓太は 鳥小屋の掛け鍵に片手を掛けながら 改めて竹箒を握りしめた
息を殺し 慎重に掛け鍵を外し 開き戸が半分ほど開いた時 
「 ケコォー 」
突然の一声に 啓太はその場で一瞬にして怖気 固まってしまった
それは 未だ羽毛の舞う闇の中から現れ 
物凄い速さで啓太の横をすり抜けると 竹林の中へと素早くその姿を消して行った
啓太は それを必死で目で追うが その瞳には茶色いしっぽの残像が 辛うじて残るのみであった
( 狐や! 本物は初めて見たけど 今見たのは確かに 狐やった )
緊張した場面が脳裏で幾つもフラッシュ・バックしては消え 至極長い時を過ごしたように思える
啓太はかぶりを振り 鳥小屋の中を改めてゆっくりと見廻して見た
視界を遮る羽毛も少しづつ落ち着きを取り戻し ようやく鶏舎の中の様子がはっきりと見えだした
針金で覆われた鶏舎の隅の地面には 狐によって掘られたと思われる 小さな穴が開いており
更に 傍らに目を移す啓太の眼前に飛び込んできた光景に思わず声を上げた
「 うぁー 」
( タマ ) 其処には 小刻みに震えながら蹲る 若鶏が居た
それは紛れも無く 啓太が手塩にかけてヒヨコの時から此処まで育てた タマであった
凍りつく気持ちが タマに近づく事さえ許さず 啓太はその場に立ち尽くしたまま動けなかった
タマと巡り合ったのは 数か月前に遡る 
同級生の一夫君の家に行った時の事である 一夫君の家は 養鶏場を営んでおり 
家の手伝いをしている一夫君のことを 玄関で待ちながら退屈そうにしていると 
鶏舎の横から顔を出した一夫君の父ちゃんが 啓太に声を掛けた
「 ヒヨコ見てみんか 」と孵卵器の蓋を開け 卵から孵ったばかりのヒヨコ達を見せてくれた
孵卵器の中では ヒヨコ達が所狭しと動き回り「 ピョ ピョ 」と 鳴き声を競っている
ヒヨコ達の中に 尾羽の先が少し黒い奴が 啓太のことを見つめていた
そいつと目が合った瞬間( 僕のことを見てる )啓太にはどうしてもそう思えてならないのである
熱心に じっと眺めている 啓太の様子を見ていた一夫の父が口を開いた
「 一匹 持って帰ってもええぞ 但し そいつ等は未だ選別してないから 
                            オスなんか メスなんかも解らん 」
一夫君の父ちゃんの言う通り ヒヨコの雄雌は素人では判別が着かないらしい
それでも啓太は 尾羽の少し黒いヒヨコを 手の中に包み込むように抱きあげると
「 こいつ 貰ってええのんか 」「 おじさん ありがとう 」と頭を下げた
程無く 鶏舎の卵を集め終えた 一夫が 啓太の傍までやって来ては
「 そいつ どうするんや 啓太の家には鳥小屋なぞ無かろう 」
「 うん そやから裏のじいちゃん処の鳥小屋に置いて貰おうと思っとるんや 」
「 じゃあ 二人で頼みに行こう 」
武田のじいちゃんに 頼み込めば すんなりと承諾を得られると思っていた二人にとって
じいちゃんの返事は渋い物であった
「 置いてやってもええが うちの雄鶏に突かれて虐められるかもしれんぞ 」
「 それに もし 大きくなってオスであれば一緒にうちの鳥小屋で飼う事は出来んで 」
「 それでもええから どうか置いて下さい 」
「 う ~ ん 」
「 毎日 掃除も餌やりもします だから お願いします 」
「 よし ! 分った しかし啓太が言い出した約束はしっかり守るんやで 」
その様な経緯が有って ヒヨコが大きくなったら 卵を産むメスである事を願い
名前をタマと名付け 毎日の様に甲斐甲斐しく世話を続ける内 体色は白い羽毛に生え代わり
若鶏の風体を作り上げたが それでも 少し黒い尾羽がヒヨコの頃の面影を残していた 
数日前に じいちゃんが漏らした「 こいつはメスやな~ 」
その言葉を耳にするまでは 希望と不安が入り混じった心情を抱え日々を過ごして来たのだが
要訳 心配の種が減って 胸を撫で下ろした矢先の出来事であった
「 啓太 どうした 何が有った 」
背後からのじいちゃんの声に 我に帰った啓太は
「 狐や ! 狐が タマのことを 」
武田のじいちゃんは 啓太と入れ替わるように 鳥小屋の中に入ると
タマを抱き抱え 稿床にそっと寝かせ 啓太に声を掛けた
「 まだ息は有るようやが しばらく様子を見んと なんとも言えんなー 」
「 後は わしに任せて 啓太は家に帰っちょれ 」
啓太は 「 うん 」 小さく頷くと踵を返して とぼとぼ と自宅に向かって歩き出した
勝手口から 台所に入って行くと 朝食の準備をする母が目に入った
啓太は 母の傍に静かに近づくと 割烹着を ぎゅっと 抱きしめた
「 なんや ? どうしたんや 」
「 タマが タマが狐の奴に襲われたんやー 」
「 それで タマはどないなったんや 」
「 今は鳥小屋の中で蹲ってる 」
「 じいちゃんに しばらく様子を見な何とも言えんから家に帰っとれて 言われたー 」
「 そうか~ そんなら朝御飯が出来るまで 啓太も暫く布団に入って休んどきなさい 」
「 ぅん 」と 小さな声を洩らし また とぼとぼと寝間に歩き出した
寝間では 未だ啓太の布団が敷かれたままで 隣には とうちゃんも未だ布団に包まって居た
啓太は誘われるように 隣に有る とうちゃんの布団の中に静かに潜り込んで行く
父は布団に入って来た啓太に気づくと 頭にそっと手を乗せ 寝息を漏らした
Photo_9「 啓太 」 「 啓太 起きろ 」
誰かの声に目を覚ますと 目の前には 鍋を持った武田のじいちゃんの姿が有った
じいちゃんは持っていた鍋を啓太の目前に突き出すと
「 タマのことを食ろうてやれ 」と言う
啓太は突き出された鍋の蓋を持ち上げ 中を覗き込むと その中には白い肉片が入っていた
「 タマは肉に姿を変えたが これを悲しむ事無く 食ろうてやれ 」
「 わしらは毎日 何某かの命を頂いて生きておるんじゃ 」「 解るな・・・ 」
ぼんやりとした頭で じいちゃんの言葉に何と無く小さく頷いてはいるが
頭の中を じいちゃんの声が通り過ぎて行く
啓太には どうしても 鍋の中の肉片とタマを結びつける事は出来ないのである
この時 何故かしら奇抜な思い出が啓太を支配していた
以前 じいちゃんの米蔵でネズミを見つけた時の事である
じいちゃんは 年寄りとは思えない様な素早さで ネズミを追い詰めると 
次の瞬間には 右手の中にネズミを握りしめていた
ネズミは必死で抗い 鋭い前歯をじいちゃんの指に立てようとするが
じいちゃんは 気にも留めぬ様子で 左手でネズミの鼻先を力任せに押しつぶすと
何か音がしたかと思っている内に 左手を半捻りした
「 こいつも 種籾さえ食んかったら 可愛いやつなんやけどなー 」
啓太はこの時 生存競争の厳しさを まざまざと見せ付けられた思いで有った
「 啓太 肉は おまえのかあちゃんに渡しておくからな ! 」
立ち上がった じいちゃんの肩越しに柱時計が見て取れた 
時計の針はすでに十一時を過ぎており 辺りを見回すと 啓太の寝ていた布団だけが
ぽっんと敷かれたままで とうちゃんは既に仕事に取り掛っている様だった
啓太は徐に起き上がると じいちゃんの後を追うように 勝手口から鳥小屋に向かって歩き出す
歩きながらも 鳥小屋の中には未だタマが蹲って居る様な 錯覚に捉われてしまう
しかしながら 鶏舎の前に立つと 現実は否応なく淡い期待を尽く打ち砕いて行く
何処を探しても やはりタマの姿は無く 狐によって掘られた穴も綺麗に埋め戻されており
金網の周りには大きな石が幾つも並べられていた
「 啓太 来とったんか 」
「 タマの代わりの雛を また貰ってきて 置いて遣ってもええぞ 」
「 ぃぃ 」啓太は首を小さく横に振り じいちゃんの申し出に飛びつく事は無かった
改めてタマが死んでしまった事を 自分に納得させると 踵を返し自宅に戻る啓太の姿が有った
自宅に戻ると 卓袱台の上には既に昼食の用意が整っており
「 啓太 お昼御飯やから お父さん呼んで ! 」
淡々とした やりとりが 啓太の心のバランスを 辛うじて保って居た
「 うん 分った 」
啓太は マッサージ室の襖の手前まで来ると 良く通る声で「 とうちゃん ご飯やで~ 」
「 おぅ 今 行くから 」
Photo_6

この時期 自宅の裏で豊富に捕れるミョウガが食卓を席捲していた
それは 薬味・香菜の位置を逸脱し 味噌汁・和え物・揚げ物・果ては お漬け物へと姿を変えて
主菜の地位にまで昇り詰めて居た
啓太は 此のところの食事に昇る これらのおかずに へきへきとしていたのだが
今日の昼食には 少し変化のある一品が添えられていた
鶏肉の塩焼きであった タマの変わり果てた姿なのである
「 いただきます 」
肉を口に含むと 塩味と甘い肉汁が口いっぱいに広がった
ともすれば 押し潰されそうな自分の心の防衛本能が働いたのか 乖離した言葉が漏れる
「 このお肉 美味しいね~ 」
タマが死んでしまった事はとても悲しいのだが この御馳走は美味しかった
啓太の中では 未だタマと この肉片を結びつける事は出来ない様である
母が口を開いた「 タマの卵を食べられなかった事が 心残りやねー 」
空かさず 父がたしなめる様に口を挟んだ
「 タマを襲った狐の奴は悪い奴だと思うだろうが 狐も必死で生きておるんや 」
「 自分の命の危険と引き換えにしても 生きて行かなならんのが 自然の摂理と言う物や 」
「 苦しい事や 辛い事を 食ろうて行くのが 生きて行くと言う事なんや 」

 

 

 

 

     ↑ブログトップへ

 

« 啓太の一日 ( 鮎 ) | トップページ | 啓太の一日 ( 毛がに ) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/579411/55080843

この記事へのトラックバック一覧です: 啓太の一日 ( タマ ):

« 啓太の一日 ( 鮎 ) | トップページ | 啓太の一日 ( 毛がに ) »

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        

その他の記事

カテゴリー

  • グルメ・クッキング
  • コラム
  • 家ごはん
  • 日記
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 自作小説
無料ブログはココログ

ブログ