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2012年6月29日の10件の投稿

啓太の一日 ( 野良犬 )

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それは啓太が まだ小学校に上がる前の事であった
父の仕事で 村外れの天理教の神社に父の手を引いて向かった時のこと
[ 父 ] ・   「 もう お地蔵さんの所まで来たか 」
[ 啓太 ] ・ 「 なんで わかるんや~ 」
[ 父 ] ・   「 風と樟の匂いかな 」
啓太は別段 風も吹いていないと思いながら 辺りの匂いを嗅いでみるのだが
[ 啓太 ] ・ 「 風も無いし 草の匂いがするだけやー 」
[ 父 ]  ・   「 啓太には わからんか~ 」
そんな会話の最中に 啓太が突然「 ヒッ 」と声を上げ 父の背後に回り込む
[ 啓太 ] ・ 「 とうちゃん 野良犬や 」
        「 誰にでも噛み付く野良犬が ウロ ウロして居るって
                         かあちゃんとスミおばさんが話とった 」
父は白い杖を左右に振りながら「 シッ シッ 」と野良犬を追い払おうとするのだが
野良犬は父の動きを見透かしたように 杖を持つ手に噛み付いた!
その様子を 真近で見ていた啓太の心臓は止まんばかりのものである
しかし 次の瞬間 父は啓太を更に驚愕させる行動をとって見せた
父は矢俄 野良犬の頭を抱え込むと 噛まれた自分の手を思いっきり口の中へ突っ込んでいく
野良犬は堪らず「 ゲー ガー 」「 グァー 」と吐き戻しながら
農業用水に足を滑り落とし 尚も「 ゲ~ 」と声を洩らしながら
見定まらぬ足取りで走り去って行った
今 啓太の目前で起こった出来事は 信じがたい程の物であったに違いない
[ 啓太 ] ・ 「 とうちゃん 手痛ぁないんか~ 」
[ 父 ] ・ 「 だいじょぶや 手を洗うさけー 川まで連れてってくれ 」
啓太は興奮覚めやらぬ様子で 父の手を包むように持ちながら 川岸まで連れて行くと
川の水でゆっくりと父の大きな手を 啓太の小さな両手で洗い流していった
父の右手の親指は仕事柄 びっくりするほど大きく 啓太の指を二本足してもまだ足りない
そんなことに思いを馳せながら 
先程 野良犬に噛まれた所に目をやると 血は出ていないが 歯型がくっきりと付いていた
心配そうな啓太をよそに 父はすっくと立ち上がり「 早よ行かな 宮司さんが待っとる 」
父の言葉に急かされる様に 啓太はあまり軽くも無い足取りで歩きだした
やがて 天理教の宮司さんの家の玄関先に着くと
[ 啓太 ] ・ 「 こんにちはー 」
声を掛けて しばらく待って居ると 家の奥の方から 宮司さんが出て来た
[ 宮司 ] ・ 「 よう来なはった 今日は啓太がとうちゃんを連れて来たんか~ 」
[ 啓太 ] ・ 「 とうちゃん さっき 野良犬にかまれたんやー 」
[ 宮司 ] ・ 「 だいじょぶですか 角川さん どこ噛まれたんですか 」 
啓太は父の手を持ち上げると 宮司さんの目の前に差出して「 ここ 」と指差して見せた
[ 宮司 ] ・ 「 おお ! 歯型がくっきり付いているじゃないですか 」
        「 今日は もう 休まれた方がいいんじゃないですか 」
[ 父 ] ・ 「 ご心配なく どうぞ仕事をさせてやって下さい 」
[ 宮司 ] ・ 「 そうですか でも 手が痛くなったら すぐおっしゃて下さいね 」
[ 父 ] ・ 「 啓太 父さんの仕事が終るまで待って居られるな 」
[ 啓太 ] ・ 「 うん 」「 神社の裏で 遊んで待ってるから 」
いつしか時間を忘れ 遊びに没頭する啓太の耳に いつの間にか仕事を終えた父の声が聞こえた
「 啓太 家に帰るぞー 」その声に素早く反応して 啓太は父の居る玄関口に駆け戻った
家に帰る道すがら「 とうちゃん 手 もう一回見せて 」と 父の手をまじまじと凝視した
時間が経った為か 噛まれた痕が 赤いアザの様に浮き出ていた
啓太は改めて 父と野良犬の格闘を 映画のスローモーションの様に思い起こし 身震いした
この出来事以来 啓太にとって父は絶対的な存在で有り 自分だけが知る父の強さでもあった

 

 

 

 

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啓太の一日 ( 雪遊び )

Photo_21「 啓太~ 」
勇作が 玄関の雪囲いの中から啓太を呼び付ける
「 今行くから ちょっと待つてて~ 」
すでに 学校は冬休みに入って二日目と成っていた
この季節玄関前には 臨時に波板で建て囲った空間が設けられている
理由のほどは 雪囲いの名の通り 雪で玄関が埋まるのを防ぐ為の物である
勇作は その空間に入り込んで 体に着いた雪を払いながら啓太を待っていた
啓太は 朝食の味噌汁をご飯に掛けると 急ぎ口の中に放り込むと
「 ごちそうさま~ 」
跳ねる様に掘りごたつから飛び出し 一目散に勇作の元へ馳せ参じる啓太であった
[ 啓太 ] ・ 「 勇作にいちゃん おはよう 」
        「 今日は 何して遊ぶんや ! 」「 お寺に 行くんやろ 」
子供達にとってお寺の境内は 公園であり 社交場であった
境内には ブランコが有り 滑り台が有り 小さなプレハブの中には卓球台も備え付けられていた
したがって 遊び相手を探す時などは まずは お寺に行ってみるのである
[ 勇作 ] ・ 「 その前に 良いもん 見せたる 」
勇作が 一歩横に動くと 
その後ろには 林檎箱に竹を打ちつけた 豪奢なソリが見て取れた
[ 啓太 ] ・ 「 勇作にいちゃん ! ソリ出来たんか~ 」
啓太は ソリが出来上がるのを心待ちにしていたが
勇作が鉈で手を切ってしまい ソリの出来上がりが延び延びに成ってしまっていた
怪我の事も有り せっつくのも我慢して 今日のこの日まで口に出すことは無かったのである
勇作は勇作で 啓太を驚かせようと 昨日の内に 一人でソリを作り上げてしまっていた
[ 啓太 ] ・ 「 作るところ 見たかったぁ~ 」
[ 勇作 ] ・ 「 もう出来ちまったから 試しに表でソリに乗ってみろや 」
ソリを持って二人で表に出ると 綿雪が チラ チラと舞い降りていた
啓太は おもむろにジャンパーのフードを被り 改めてソリを眺めてみると
ソリの前に少し太めの棒が取り付けてあるのを見つけ 勇作に問いかけた
[ 啓太 ] ・ 「 この棒は なん なん ? 」
[ 勇作 ] ・ 「 それか それはブレーキや 」
        「 手前に引けば 棒が地面に当たって 遅く成るんや 」
        「 啓太 俺がソリを引っ張ったるから いっぺん乗ってみ~ 」
啓太は 満面の笑みを浮かべ 林檎箱の中にチョコンと納まった
[ 勇作 ] ・ 「 ええか~ いくぞー 」
勇作は ソリに繋いだ縄を肩に掛けると 勢い良く走り出す
[ 啓太 ] ・ 「 ハハハハー 」 「 速い! 速い! 」
        「 もっと もっと 」
[ 勇作 ] ・ 「 このまま 寺まで行くぞー 」
        「 ちゃんと摑まってろ 落っこちるんじゃねぞー 」
お寺に差し掛かった頃 啓太のいたずら心が ムズ ムズと湧き上がる
ブレーキ棒を少し引いてみた ・・・勇作は気づかない様だ
もう少し引いてみた!! 縄が ピーンと張り 一気にスピードが落ちて 勇作がつんのめる
[ 勇作 ] ・ 「 啓太 ! 」
[ 啓太 ] ・ 「 アハ・フフフフ 」
[ 勇作 ] ・ 「 もう 乗してやらんぞ 」
[ 啓太 ] ・ 「 ごめんなさい・・・勘弁して下さい お願いします 」
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すっかり しょげかえっている 啓太の頭を かすめる様に雪玉が飛んで来た
飛んで来た方向に目をやると 板塀の影に緑色のジャンバーが見えた
[ 啓太 ] ・ 「 雄一の奴 や~ぁ~ 」
雄一は 板塀から顔を出すと「 勇作兄ちゃん お寺で雪合戦しよう 」
[ 勇作 ] ・ 「 おぅ 」 「 三人でするんか~ 」
[ 雄一 ] ・ 「 孝介もおるよ 」
三人は ソリを引きずりながら寺の境内に入って行った
境内に入ると 孝介が待ち構えていた様に 「 お~い 」と手招きをする
[ 勇作 ] ・ 「 雪合戦するんか~ 」
[ 孝介 ] ・ 「 勇作にいちゃん 俺と雄一が組むから二対一でええか ? 」
[ 啓太 ] ・ 「 なんで 二対一やの 」
[ 孝介 ] ・ 「 啓太は 勇作にいちゃんの付録やから数に入らん 」
[ 啓太 ] ・ 「 ん! も~・・・」と 雪を踏みつけて 地団駄する
        「 そんなら 一夫君 呼んで来て 仲間にして良いんやな ! 」
[ 孝介 ] ・ 「 ええよ ええよ 」
[ 啓太 ] ・ 「 一夫君 呼んで来る 」と言い捨てると                   
毎度の如く大きな長靴で ガッポ ガッポと走り出す
一夫の家は お寺から僅かの距離に建っており 程無く 啓太は家の前に立ち止まると
大きな声で 「 一夫君 」と叫ぶ 
雪の静けさの中 良く通る高い声であった 
暫くして 玄関から顔を出す一夫に向かって すかさず声を掛けた
[ 啓太 ] ・ 「 早よ~ 早よ~ 」「 孝介に雪玉ぶつけたろうと思うから 手伝おてくれ 」
[ 一夫 ] ・ 「 ちょ ちょと待って 」「 今 ジャンバー着るさけ 」
急かす啓太と共に境内に入った二人の眼前では 
既に双方共 松の木の下に陣が敷かれ臨戦態勢に入っていた
[ 勇作 ] ・ 「 来たかー 」
        「 啓太と一夫は まず 雪玉をいっぱい作るんやで 」
[ 啓太 ] ・ 「 雪玉貯まったら 僕も投げて良いんやろ 」
[ 勇作 ] ・ 「 おぅ ! 」
いきなり先制攻撃の一発が 一夫に当たると 後は無数の雪玉が飛び交う戦闘状態に突入してゆく
啓太は 雪玉を作りながら 時折 雪玉を投げるのだが なかなか当たってはくれない
そんな交戦中に 相手陣の松の枝に雪が積もっているのを見つけた( あれを 落してやろう )
だが 思いとは裏腹に啓太の投げる雪玉は途中で失速して届いてくれない為
考えだけの愚策に終わろうとしていた
[ 勇作 ] ・ 「 啓太 何しとるー 」
[ 啓太 ] ・ 「 あの松の雪を落としたいんや  」
[ 勇作 ] ・ 「 へたくそ 」
        「 よぅ 見とれ~ 」
勇作の 投げた雪玉は啓太が狙っていた枝より 二・三本 上の枝に見事に命中した
すると 松の枝から雪の塊が少し落ち その雪が 更に 次の枝雪を落とし 
次々と雪の量は増えていった
 パサッ  バサッ  ドサッ!
真っ白い雪煙りが舞い上がり
「 ワー 」「 ワー 」と言うざわめきと共に 雪合戦の幕は引かれる事と成った
やがて 子供達は連れ立って 
寺の炊事場のかまどで冷え切った体を温めようと 勝手口の方に周って行く
もし 間が良ければ 仏様のお下がりのお供え物を 和尚さんから頂ける事 しば しばである
和尚さんと言っても 兼業農家で兼業坊主のどっちが本業かは判らない
子供達は 炊事場に入り込んだが
生憎かまどには火が入っておらず 和尚さんも留守の様であった
仕方なく皆が引き返そうとした時 和尚さんが 丁度 勝手口から入って来た
「 子坊主ども 来とったかー 」
子供達の 期待に満ちた視線を感じてか「 残念じゃが 今日のお下がりは無しじゃ ! 」
「 そろそろ昼時じゃから 昼餉の用意をせにゃいかん 」
「 お前達の とっさま かっさまも待っておろう さっさと めし食いに帰るんじゃな~ 」
勇作は ソリをプレハブ小屋に納めると 皆に向かって話し出した
「 みんな ! ソリに乗せたるから 昼めし食ったら ここに集まるんやで~ 」
「 集まったら 皆で 孝介んちの 砂利置場に行こう ! 」
孝介の家は 土建屋を生業としており 山裾の一角に 砂利置場を設けていた
勇作は その砂利山の斜面で ソリ遊びをしようと言うのである
「 うん ! 」「 了解 ! 」「 う・ん 」「 わかった ! 」
子供達は 口々に返事を返し それぞれの家へと帰って行く
啓太も勇作の後を ガッポ ガッポ と帰路に就く
「 ただいまー 」 「 お帰り 」
家に帰ると とうちゃんは もう昼御飯を済ませたのか
                     こたつに入って のんびりと煙草を吹かしていた
その隣に居た かあちゃんは手拭いを畳む手を止めると      
「 今 お味噌汁 温めるから ちょっと 待っててな 」と言って 台所へ向かった

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啓太は 湿った手袋を こたつの中の格子に掛けながら
[ 啓太 ] ・ 「 とうちゃん 聞いて 聞いて 」
        「 ソリが出来上がったんやで~ 」
        「 そんでもって ご飯食べたら みんなで滑りにいくんや  」 
[ 父 ] ・ 「 そうか そうか よかったな~ 」
父の言葉に 尚一層の高揚感を募らせる啓太であった
母が 温めた大根の粕汁を食卓に置くと 甘い香りが鼻とお腹をくすぐる
早速 食器棚から自分のお茶碗とお箸を取り出し                 
ご飯の入った おひつを探すが 中々見つからない
ようやく見つけた おひつは隠れる様に こたつ布団に包まって温たたまっていた
ご飯を盛りつけ 食事をしながら 母にも又 ソリの話を聞かせる啓太だった
食事も終わり こたつから手袋を取り出したが まだ半乾きであったが
それでも構わず手袋をはめると 玄関に行き 長靴の中の湿った新聞紙を取り換え
[ 啓太 ] ・ 「 いってきまーす 」と言い残し
啓太は気忙しく 七木家にも寄らず真っ直ぐに お寺に向かって歩き出すのであった
境内のプレハブ小屋に入ると そこには既に 孝介と一夫が来ており
皆を待つ間 卓球に興じて居たのだが 一夫は 啓太の姿を見止めると
[ 一夫 ] ・ 「 啓太 替わろーか ? 」
[ 啓太 ] ・ 「 うん ! 」Photo_24

啓太は 卓球が得意な方だと自負していた 
ラケットも ゆり子ねえちゃん[ 七木ゆり子 ]のおさがりではあるが
赤いラバーの マイ・ラケットを小屋の中に置いている
試合が始まると 孝介は チビの弱点であるネットプレーに終始するが              
啓太もカット戦術で そこそこにしのぎ 一進一退を繰り返す
やがて 勇作もフレハブ小屋にやって来ては 二人の熱戦を見ながら
[ 勇作 ] ・ 「 孝介 ちまちま やってねーで バシッと行け ! 」
        「 バシッ と ! 」
[ 孝介 ] ・ 「 啓太の玉は ひねてるから やりにくいんじゃ 」
[ 勇作 ] ・ 「 替われ 替われ 俺がやっつけちゃる 」
        「 見てろ ! 啓太なんぞ ひとひねりじゃ 」
横からいきなり参戦した 勇作は事もなげに 啓太の玉を卓球台に思いきりたたき込む
[ 啓太 ] ・ 「 うわー 」
[ 勇作 ] ・ 「 まいったか ! 」
まったくもって 容赦の無いガキ大将である
そう こう している内に 雄一もやって来て 全員が揃う事となった
[ 勇作 ] ・ 「 みんなで 孝介んちの砂利置場まで ソリを引いて行くぞ 」
皆は 綿雪の舞う いつもの通学路を山裾の砂利置場に向かって ソリを引きながら歩き出す
砂利置場に着くと 
さっそく勇作は「 あの上から滑ろう 」と 砂利の上に積もった雪の小山を指差し
[ 勇作 ] ・「 まず最初は俺が滑るから 後の順番はじゃんけんで決めとけ 」
勇作に言われるまま 四人は顔を見合わせると
 「 じゃんけん ほい 」 「 ほい 」
 「 あいこで ほい 」 「 ほい 」 「 ほい 」
[ 孝介 ] ・ 「 俺 勇作にいちゃんの次や 」
[ 一夫 ] ・ 「 三番手は 僕や 」
[ 雄一 ] ・ 「 その次は 俺やでー 」
残念な事に 啓太は尽く じゃんけんに負けてしまうのであった
まずは 勇作がソリに乗り滑り降りたが 新雪の上では あまり良く滑り下りる事は無かった
勇作が 雪の小山にソリを引っばり上げると              
次は 孝介 その次は 一夫といった具合に滑り降りて行く
雄一が滑り降りる頃には 雪も踏み固まり 徐々にスピードが増して来た様に思えた
いよいよ 待ちに待った 啓太に順番が回って来た
不安定な小山の頂上に置かれたソリは             
ともすれば 誰も乗せずに勝手に滑り出すのではないかと思われ
[ 啓太 ] ・ 「 勇作にいちゃん 僕が乗るまで ソリを押さえててやー 」
 ・・・    「 もう いいよー 」
[ 勇作 ] ・ 「 ええか ! 」 「 放すぞー 」
勇作の手から放たれたソリは ゆっくりと斜面を滑り降りて行き そのスピードを上げていった
傾斜の終わり近くでは その速度に耐えきれず 啓太は思わずブレーキを 目一杯引いてしまう
すると忽ち 斜面に突き刺さったブレーキ棒を支点に ソリは真横を向いてしまい
それと供に 啓太はソリから放り出されてしまった
[ 勇作 ] ・ 「 啓太 !  だいじょぶか~ 」
[ 啓太 ] ・ 「 アハ・アハハハ ・・・ 」
転げ落ちようが 顔が雪に埋まろうが 何とも楽しいソリ遊びである
子供達は 歓声を上げながら 何度も至福の時を過ごすのであった
しかしながら やがて時はうつろい
遠くの町役場から 夕方の五時を知らせるチャイムが かすかに聞こえてくる

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[ 勇作 ] ・ 「 みんな そろそろ仕舞も~て 帰ろ~か ? 」
[ 啓太 ] ・ 「 え~ ! 」
[ 孝介 ] ・ 「 まだ 帰りとーない ! 」
[ 啓太 ] ・ 「 もっと 遊んでいたいんやー 」
勇作は 強い口調で「 だめや ! 皆家に帰って しないかん事が有るやろ 」
「 一夫は鶏に餌やらないかんし 雄一は 太郎[ 柴犬 ]を散歩させなあかん 」
「 啓太も風呂焚きを するんやろ 」
「 決められた約束事は ちゃんと 守らないかん ! 」
勇作は 大人びた自分の発言に少し酔っている様にも思えるが
皆は渋々 勇作に従い 家路に就く事と成った
ソリを引いての帰り道 ようやく お寺が見える所まで差し掛かると
[ 一夫 ] ・「 僕は此処で また明日遊ぼうな~ 」と言っては帰って行く
ソリをプレハブ小屋に片付け終わると         
孝介が 「 勇作にいちゃん 俺と雄一は 寺の裏の方から帰るから 」
    「 バイ・バーイ 」
雄一も  「 ほんじゃ さいなら また明日 」と言い 立木の影に姿を消していった
取り残されたかの様な二人を包むように 雪は激しさを増し降り出して来た
[ 勇作 ] ・ 「 帰ろっか 」
[ 啓太 ] ・ 「 うん 」
やがて 七木家の前まで辿り着くと
啓太も又「 勇作にいちゃん また明日 バイ バーイ 」と言いながら家に駆け戻った
自宅にはいると 母がお風呂に水を運んでいる姿が目に留まり
[ 啓太 ] ・ 「 かあちゃん ただいま~ 」「 お風呂の用意は僕がするから 」
        「 お腹空いたから ごはん! ごはん! 」
その日のお風呂と夕飯を済ませ 後は 遊び疲れた体を布団の中に潜り込ませる作業だけである
寒い日は よく とうちゃんの布団で眠り込んでしまう事が多い
とうちゃんの体温で温まった布団の中で とうちゃんとしりとりをしながら眠りに就くのだが
今日は しりとりもそこそこに いつの間にか眠ってしまった啓太であった

 

 

 

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啓太の一日 ( がまぐち )

Photo_19「 ただいまー 」 ・ ・ ・ 「 かあちゃ~ん 」 ・ ・ ・
母はどうやら 何処かへ出掛けてしまっている様である
啓太は 居間の隅にランドセルを置き 冷え切った体を温めようと 掘りごたつに潜り込み
こたつ布団に包まったまま こたつの上板に自分の顎を乗せ               
何思うでもなく しばらくの間 ぼんやりと過ごすのであった
ようやく 体も温まり 思考の活動と共に視野は徐々に定まり 目のピントが合つてくると 
啓太の顔の正面には 母の小銭入れの がまぐちが置かれているのが目に入った
更には 口の開いた がまぐちの横には 十円玉が一枚出ている
その十円玉をじっと見つめながら しばらく体を もぞ もぞとさせて居た啓太だが
やおら 掘りごたつから立ち上がり 玄関に向かう                
しかも その手の中には しっかりと十円玉が握られている
手に持った 十円の使い道は決まっていた             
じつは 啓太君 只今 甘納豆の当て物にハマりまくっていたのであった
甘納豆が大好きと言う訳では無いのたが 一等賞の大袋が なんとも魅力的なのである
その為 ここ最近は 御駄賃なぞ貰えば すべて その当て物につぎ込んでしまっている
大人ならば 博打狂いと言った風の 角川啓太 小学一年生である
啓太が今から向かう先は 駄菓子はもちろん 文房具・食品・生活用品全般を揃え
近隣で一軒だけの 販売シェアの独占を誇る ミニ・スーパー・マーケットと言った処である
啓太は 玄関を出てお店に向かう道中
自分の罪悪感から少しでも逃れようと 思いを巡らせ 歪な思考をこじつけてゆく
( 十円玉は 落ちていたんや ! )
( 僕は 落ちていた十円玉を拾っただけや )
店の名は葵と言う 啓太はそそくさと店内に入ると
店主に「 おじさん 是下さい 」と 十円玉を渡し
糊付けされた甘納豆の小袋に慎重に目星を付け 小袋を二つ ちぎり取った
小袋の中には 一口分程度の甘納豆と 当たり・ハズレを書いた小さな紙が入っている
啓太は ドキ ドキしながら 袋から小さな紙を摘まみ出し そっと紙を開いて見た
中に書かれた文字は ハズレ その三文字以外の文字を見つける事は出来なかった
落胆の足取りは重く 軽い焦燥感に包まれながら                  
こころなしか 長靴の音も グァッポ グァッポであった
家に帰ると がまぐちは依然そのままの状態で 掘りごたつの上に置かれていた
啓太は 甘納豆を一袋 口に含み 掘りごたつに近寄ってしゃがみ込むと          
口を開けた がまぐちの中の小さな闇を じっと のぞき込むのだった
しばらくは 遠目で覗いていた啓太であったが
とうとう がまぐちを手に取り 中を覗き込む大胆な行動にでた
その刹那 背後に気配を感じて振り返り仰ぎ見ると
そこには 仁王立ちのかあちゃんが居た !
一閃 かあちゃんの持った箒が 啓太のおしりを直撃する バシャ ! 
たまらず 啓太は 縁側を抜け 外の雪の中へ飛び出してゆく
[ 母 ] ・ 「 どろぼうする手は どっちの手や ! 前に出してごらん 」
     「 とうちゃんに言って 灸して貰おう 」
[ 啓太 ] ・ 「 いやや~ 」「 灸はいややー 」
      「 ごめんなさい 」「 もう 二度としません 」「 どうか 許して下さい 」
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一般的には お灸をすえるとは 比喩として用いるが                     
啓太の家庭の場合 物理的現実問題なのである
なにしろ とうちゃんの引き出しには 艾が 大量に入っているのだから
啓太は 未だ灸の経験は無い 経験したことが無いだけに その想像は膨らむ一方である
裏のじいちゃんが 灸を我慢している顔なぞ 思い出すだけで恐怖に凍りつく
( あれは怖い 注射なんぞよりも 余程怖い ! )
[ 啓太 ] ・ 「 堪忍して下さい お願いします 」
啓太は くしゃ くしゃに成った顔を雪の中に埋めんばかりに 平伏する
丁度その時 タイミングが良いのか悪いのか 父がのっそりと居間に現れた
[ 母 ] ・ 「 お父さん ! 」
母が父に 事の経緯をすべて話し終えると
[ 父 ] ・ 「 啓太 ! 父さんの所まで来い !」
啓太は父の言われるまま居間に上がり 父の手を自分の頭に添えて 静かに裁断を待った
そして 父の裁断が下った
[ 父 ] ・ 「 灸は勘弁してやるが 父さんが良いと言うまで そこで正座していろ 」
[ 啓太 ] ・ 「 は・い 」
啓太は 正面を見据え その場に座り込んだ 
だが 緊張感は ほんのひと時しか保てず 視線の先は何気なく台所の柱に向けられていった
その柱の一画には 啓太の手によって いくつかのマンガ・シールが貼り付けられていた
その ひとつ ひとつを眺めながら時間を費やすが 寒さが少しづつ 少しづつ啓太を包む      
足の指先が冷たく成って来た 鼻水が ポッンと膝の上に落ちる 涙が一粒膝の上に落ちる
時折 啓太の様子を見ていた母が 口を開いた
[ 母 ] ・ 「 啓太 もうしないな 」
      「 お母さんと一緒に お父さんに許して貰おうな 」
啓太は 泣きべそを掻いた顔で 小さく頷く
母に耳打ちされたのか 父が傍にやって来ては「 許しはするが 二度とやってはいかんぞ 」
そう言い終ると 手探りで啓太を抱え上げ 掘りごたつの中へと一緒に入り込む
父はこたつの中で 自分の膝に乗せた啓太の冷たい両手を 何も言わず擦り上げた
啓太も又 無言のまま父にもたれ掛かり 父が仕事に掛かるまでのひと時を過ごすのであった

 

 

 

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啓太の一日 ( 山道 )

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「 ハァ ハァ 」啓太は山道を うつむき加減で ただひたすら歩いていた
( 僕は 何でこんな所 歩いているんじゃろ )
( 山の上は まだ 遠いんかな~ )
事の起こりは 帰り道での出来事であった
今日は夏休みに入る最後の修了式で 授業も無く 早々に学校を後にし 家路についた
帰り道は同じ地域の 三年生の[ 孝介 ]と[ 雄一 ]
更に 同じ一年生の[ 一夫 ]君たちと 四人で仲良く帰っていた
帰り道を共にする四人は それぞれ多様な性格を持っている
[ 聖 孝介 ]は 口が悪いが 行動的で 自分は勇作に次ぐ №2であると思っている節があり 
次に [ 山田 雄一 ]は落ち着いた性格で どちらかと言えば無口な方である
[ 島村 一夫 ]は協調性に富み 誰とでも仲良くなれる ちゃかり者の側面を持っていた
そして [ 角川 啓太 ]は 感受性が強く 幼く優しい性格を有してはいるが
意固地な所が見え隠れすると言ったところであろうか
通学路の林を抜けた辺りで 急に孝介が走り出した
啓太達 三人が何事かと見守っている中 孝介はいきなり崖を飛び降りた
崖と言っても 3m少しの石垣なのだが 子供達にとっては大いなる崖なのだ
下の方から声が聞こえた「 お~い 」「 みんな 早よ降りてこ~い 」
石垣の下には畑が広がっており 着地に失敗したとしても                   
大けがと言うような心配は まず 無いであろう
三人が下の方を覗きこむと 孝介がズボンの土を払いながら立っている姿が目に入る
孝介の側らの畑には      
二つの足跡と尻もちを付いたであろうと思われる くぼみがくっきりと付いていた
程無く 孝介の声に答える様に 雄一・一夫が続いて飛び降りると
次の瞬間 一夫の叫び声が聞こえた「 啓太~ ちょっと待ってくれ~ 」
啓太が覗き込むと 一夫君が なにやら せっせと拾い集めている             
どうやら 着地の時 ランドセルから中の物が飛び散ってしまった様である
一夫は 筆箱やノートをランドセルに収め終わると「 も~ い~ ょ~ 」と啓太を促した
啓太は助走を付けて飛び降りると思いきや 崖の手前で足が止まってしまった
( 怖くない 怖くない )と 念じながら
再度 意を決し飛び降りようとするのだが どうしても 飛び降りる事が出来なかった
「 啓太~ 」 下の方から雄一の声が聞こえたが
啓太は何を思ったか ? 急に踵を返し 来た道を逆に歩き出す !?
此の時 啓太の頭の中は とんでもない考えが支配していた
( このまま飛び降りずに 皆の所へ行けば「 弱虫 」と言われる )
( 孝介なんぞは 絶対に言い出すに決まってる )
( このまま みんなと顔を合わせたくない )
( そうだ みんなと違う道を通って帰ろう )
( 山向こうの道から 帰ればいいんだ )
などと 突拍子も無い結論を実行に移してしまっていた
一度 思い込んだ行動は歯止めが利かず 
すでに 山向こうとの分かれ道まで 早足で戻ってしまう 啓太だった  
無謀にも まだ一度も通った事の無い道を行こうとする 難儀な小学一年生である
山向こうの道沿いには 川が流れており              
川の土手には うっそうとしたススキの葉が風にたなびいていた
啓太は その川沿いに ズンズン ドンドン歩いて行く
やがて川の流れは 山の方から少しづつ離れてゆく様子なのだが 
啓太には川向うに渡るすべが無い
川の流れ自体の幅は 一メートルにも満たないが          
流れの速さは 啓太が日頃 目にする川とは比べるも無く 速い!
多少 不安な気持ちが脳裏を過ぎるが それでも 自我の赴くまま歩き続けていた
だが しかし 歩く速度は やはり鈍りがちの様である
歩きながら遠くに目を凝らすと ようやく 橋の様な物が かすかに見えた        
足取りは元に戻り 橋と思われる所を目指して 啓太は尚も歩き続ける
ようやく目指す場所に たどり着くと 
そこには 大きな丸太を半分に割った物が 四本並べて 川に掛っていた
啓太は その素朴だが頑丈そうな橋を渡り 辺りを見回した
自分の立っている場所から 
正面に見えている山に向かって 細い一本道が伸び 周りには水田が広がっている
振り向くと 先程渡った橋から やや離れた南側に この近辺の農家であろう集落が見えた
一本道を しばらく歩くと 山裾の辺りには 
啓太が今まで見たことも無い 豪華な緑のジュータンを敷詰めた様な草原が広がっていた

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啓太は この景色に見とれながら            
( ここは 僕の秘密の場所や ! )と ひそかに 心の中に刻むのであった
心躍る様な風景に 気持ちの赴くまま 草のジュータンに飛び込むと 華詳しい緑の匂いがした
啓太は ゆっくりと起き上がり 傍らにランドセルを置くと 大の字に寝そべってみた
( 遠くから 小鳥の さえずりが聞こえる )
( 青い空に 筋雲が 架かっている )
( 柔らかな風が 草原の香りを 運んで来る )
山の向こう側には 自分の家が有る! と 確信めいた安心感も手伝ってか
啓太は 何時の間にか眠ってしまった
「 ピー ヒョロロロー 」
トンビの声に ハッと目を覚ますと 陽は西に随分と傾いている
どれ程の時間を眠って居たのだろうと考えながら ふと お腹が空いている事に思い当った
啓太はランドセルから 今日 学校で受け取った集団購入の肝油を取り出し
「 あんまり食べると かあちゃんに怒られちゃう 」と独り言を言いながら
容器から肝油を 三粒程出して それを口にほうばった                     
甘い 肝油の味が 口いっぱいに広がってくる
肝油は 魚の肝臓油と言う話だが 砂糖が塗して有り                    
食感は グミ・キャンディーに似ている
空腹感を満たす程では無いにしろ 取り敢えずは帰りを急がねば 日が暮れてしまう
啓太は 早々に立ち上がると 足早に山道へと向かうのであった
山道に差し掛かると そこは けもの道と言える程の狭い道で           
中へ進むと うっそうと茂った木々のせいで薄暗く じめじめしている
道端の所々には 童話の絵本に出てくる様な 毒々しい赤いキノコが生えていた
啓太は 一本の木の枝を折ると それを振り回し          
時折 往くてを阻むクモの糸を掃いながら 山道を登って行くのだった
「 たん・たん・たぬきのきん・・・ か~ぜも 無いのに ぶ~ら・ぶら・・・・ 」
( 寝てしまった ) ( お腹が空いた ) ( 日も暮れてくる )
諸々の後悔と不安で へこみがちな気持ちを振り払らうかの様に 唐突に歌い出す啓太であった
しかしながら 道の傾斜が きつく成るにつれて 声は小さくなり 遂には途切れてしまう
「 ハア ハア 」
( 山の上は まだ 遠いんかな~ )
 ・ ・ ・・・・?   
( 目の前に 何か居る! )  ( 鼠かな ? )  ( いや 違った 野兎だ ! )
野兎は 啓太の手が届きそうな距離まで近づいた時 素早く雑木林の中に姿を消した
( 野兎なんぞ 初めて見た )
( 学校で飼っている ブタウサギなんかより 全然 俊敏で可愛いかった !! )
たった今の 出来事に興奮を抑えきれないところだが

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夕日は赤く染まり ひぐらしの鳴き声も一層多く成ってきた
山間に吹く風は ぞくっとする冷たさが有り ひぐらしは「 ケ・ケ・ケ・ケ 」と鳴いている
一般的には「 カナ・カナ・カナ 」と 聞こえるらしいが             
啓太には どうしても「 ケ・ケ・ケ・ケ 」と聞こえてしまう
振り向けば なにか 怖いものが居る様な そんな気分に追い立てられ              
うつむき加減に ただひたすら歩き続ける 啓太の姿があった
ようやく 山の頂上と思われる 一畳程の開けた場所に辿り着くと
風景は一転し 山の反対側の景色が広がっている 
山のこちら側は 間伐が行き届いているのか 比較的 見通しが良かった
啓太は 我が家の有ると思われる方角に目星を付け 覗き込むように眼を向けると
やや遠くに ガソリン・スタンドの灯りが目に入った    
そこからの道順を辿り ようやく 我が家の屋根らしき物を見つけることが出来た
更に 視線を下に向けると 急な斜面の木々の間から見慣れた通学路が見えるではないか
( あと少しで 家に帰れる ) 啓太は 通学路めざし 道なき道を駆け降りる !
見通しは良いのだが 斜面の上に積もる落ち葉を踏むと                                       
何度となく ずり落ちては 尻もちをついてしまう
そんな こんなで 通学路に降り立った頃には すっかり日が暮れてしまっていた
あとは 通い慣れた通学路をもう少し歩けば家に戻れると思えるが さすがに 足も重く 
今更ながらに自分の行いを後悔する始末である
ガタガタで ヘトヘトな足を踏み出す度に 泣きそうに成ってくる
それでも やっと 我が家の明かりが見える所まで やって来れた

Photo_16( あれ !? 誰か居るぞ )
家の玄関先には 四・五人の人々が集まっており 目を凝らすと その中に母の姿を見つけた
( かあちゃん ! ) ( かあ~ちゃん ! )
声にならない思いが先走る !
後は もう何も分からず  一目散に母の胸に飛びむ 啓太の姿があった
( 温かい匂いがした )
啓太は 声を上げて泣きじゃくる ただ ただ 泣きじゃくる ばかりである
ひとしきり 泣き終えた頃 ふと顔を上げると
母の肩越しから 裏のじぃちゃん( 武田九衛門 )が 啓太の顔を覗き込むように近づて来た
啓太は 何か聞かれるのだろうと じぃちゃんの言葉を待ったが
言葉より先に 真上から げんこつが飛んで来た
「 心配かけよって 」
「 とうちゃんの 代わりじゃわい 」と言い放つと 笑いながら去って行くのである
啓太は 可笑しくも何とも無いと思いながら 頭を抱えて蹲るが
それを見計らった様に 集まった皆の中から笑いがこぼれ出した
「 良かったのう ! 」「 良かった 」「 良かった 」
集まった人々は 口々に 母に声を掛けながら 其々の家に帰って往く
かあちゃんは 皆が居なくなるまで 何度も頭を下げて 人々を見送るのだった
周りに誰も居なくなると ようやく
「 家で心配してる とうちゃんに ちゃんと謝るんやで ! 」
かあちゃんは 玄関の戸を開けると
啓太を先に入れて とうちゃんの処へ行くようにと促す
とうちゃんは 床の間の柱に もたれるようにして あぐらをかいていた
「 ただいま~ 」
声を掛けると しばらく・・・ 間を置いて ようやく とうちゃんは
「 帰ったか・・・ 」と ぽつりと声を漏らす
目の見えない父は 自分で啓太を探しに行けない事への歯痒さを どれ程感じていただろう
そんな父の思いを 知ってか 知らずか
[ 啓太 ] ・「 ごめんなさい 」
      「 とうちゃん ! ごめんなさい 」
泣き声混じりで 頭に浮かぶ ありとあらゆる言い訳を                                          
父に聞いてもらおうと語りかける啓太だが
いつの間にか 軽快な口調とともに 話の内容は冒険談へと すり替わって行き
遂には 口がすべり 秘密であるはずの草原の話にまで及んだ
「 あっ ! 」
「 とうちゃん 今の草原の事は 秘密にしてな~ 」                          
「 誰にも言わんといてな~ 」
先程まで 無表情で静かな佇まいであった父も ようやく 少し笑みを浮かべながら 啓太に答えた 
[ 父 ] ・「 秘密にしとくさけ~ 今度 とうちゃんもそこで昼寝さしてくれるか ? 」
[ 啓太 ]・「 うん ! 」
     「 だから 絶対のぜったいに 秘密やで~ 」
後ろの方から 母の声がする「 いつまで そんな恰好してるの 」
啓太は 未だランドセルを背負ったままで 着ている服も かなり薄汚れていた
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[ 母 ] ・「 さっさと着替えて こたつの上の おにぎりを食べとき~ 」
[ 啓太 ]・「 う~ん 」
     「 かあちゃ~ん もう ねむたい ! ・・・」
[ 母 ] ・「 そう~ か~ 」
     「 そんなら とうちゃんの布団が敷いてあるさけ~ 」
     「 先に そこで寝とき~ 」
啓太は その場にランドセルを下ろすと 
母の用意した寝巻に着替え 這ったまま 父の布団に潜り込んだ
( 煙草の匂いがする ) ( とうちゃんの匂いがする )
やがて 睡魔に誘われるまま 啓太は 深い 深い眠りに落ちて行った
父は 啓太の寝息が聞こえて来ると 手探りで静かに啓太の頭を撫でながら
小さな声で「 長い一日やったな~ 」と呟く
そんな父の隣に 母も座り込み
「 これからも まだ まだ いろんな事があるんやろな~ 」
「 ほんま こまった子や ! 」と ため息交じりに話すのであった
両親の思いなぞ 知らぬ存ぜぬと からかう様に 啓太は大きないびきを掻き始める
[ 父 ] ・「 先の事を いくら心配しても始まらんと言うとる様な いびきやな~ 」
[ 母 ] ・「 そや ね~ 」
二人揃って ため息を吐く 夜更けであった
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啓太の一日 ( 毛がに )

Photo_10[ 啓太 ] ・ 「 わー ! 」 「 挟まれたー 」
           「 勇作にいちゃん ここの奥に でっかいのが居るよ 」
[ 勇作 ] ・ 「 どら カエル突っ込んでみるから ちょっと退いてみー 」
今日は 啓太・一夫・勇作の三人で 七木家より少し下流の小川で 毛ガニ捕りをしていた
ここで言う 毛ガニは淡水に住んでおり その名の通り ハサミの太い腕に毛が生えていて
有名な上海蟹と比べても ほぼ大差は無いであろう
普通サイズの物は 甲羅が大人の拳ぐらいの大きさがあり
体色は黒っぽいのだが 茹でると やはり赤くなる
啓太の住んでいる所では 主に川の石垣に穴が有れば たいがい その中に潜んでいる事が多い
捕まえる手順としては 針金に括り付けたアマガエルを餌にして 穴の中に突っ込み
毛ガニとの引っ張り合いを行いながら 徐々に引きずり出すと言う算段である
当然 人間様の勝ちは決まっているが
余り強引に引っ張ると ハサミだけが捥げて出てくる事に成ってしまう
[ 勇作 ] ・ 「 よし よし 居るぞ 居るぞ 」
勇作は 蟹が餌を掴んだと思えば慎重に針金を引き 手ごたえが軽くなれば 
そのまま じっと待つ と言った具合に 蟹と一進一退の駆け引きを繰り返し捕獲に至るのである
[ 勇作 ] ・ 「 啓太 捕れたぞー バケツ持ってこーい 」
捕れた毛ガニをバケツに入れると ガシャ ガシャと音を立てて活発に動き回っていた
改めて 毛ガニを眺めると
なかなか どうして 食べ応えの有りそうな 立派なハサミを持っている
啓太は「 お前は 旨いんかー 」と尋ねるが
相変わらず毛ガニは ガシャ ガシャと動き回るだけであった
[ 一夫 ] ・ 「 勇作にいちゃん こっちにも いてるー 」
[ 勇作 ] ・ 「 今 そっちに行くから待っとけ 」
一夫と勇作のやりとりを聞きながら 啓太もまた 次の獲物探しに取り掛かった
いくつかの穴に探りを入れる内 四つ目の穴の奥に 何か動く物を指先に感じた
啓太は身体を水面まで屈め 更に穴の奥に手を伸ばすと それは少しヌルッとした感触であった
( 魚や 魚が居る )
[ 啓太 ] ・ 「 勇作にいちゃん~ ! こっちの穴の奥に魚がいてるー 」
[ 勇作 ] ・ 「 捕まえてやっから 替われ 」
[ 啓太 ] ・ 「 でも 穴から手を抜いた途端に逃げられそーや 」
          「 あっ ! 捕まえた 勇作にいちゃん 魚 捕まえたでー 」
啓太は魚を 捕まえるには捕まえたのだが ともすればスルリと逃げられそうに成り
魚を握った手に徐々に力が込められてゆく         
握りしめた手を穴から引き出した頃には 魚はピクリとも動かなくなっていた
[ 勇作 ] ・ 「 こいつは もうダメや 捨ててしまえ 」
          「 だから 替われといったろー 」
白い腹を見せながら 流れて行く魚を見つめながら 啓太は感情の昂りを覚え
突然 わん わんと大きな声で泣きだした
魚を殺してしまったのが悲しいのか 勇作に攻められたのが悲しいのか 自分でも訳が解らない
勇作は困り果てた顔をして「 泣くな ! 啓太 ! 」
「 お前のとうちゃんに毛ガニ食べさせたるんやろ 」と諭しに掛った
勇作のほんの一言で 気分も表情も ころっと変える げんきんな啓太であった
[ 一夫 ] ・ 「 勇作にいちゃん さっきの穴に まだもう一匹居るよ 」
[ 勇作 ] ・ 「 一夫 でかした 今 そっちに行くからなー 」
啓太も蟹の入ったバケツを持って 勇作の後に続き 一夫の傍までやって来ては
石垣の上に座り込むと のんびりと頬杖をつきながら 毛ガニが取れるのを待った
[ 勇作 ] ・ 「 よし捕れた これで三匹目や 」
三匹目の毛ガニがバケツに入れられると
新参者を踏み台に 一匹の毛ガニがバケツから這い出そうとする
それを見た啓太が手を伸ばそうとするが 蟹は大きなハサミを振り上げ 啓太を威嚇するのである
怖気づき 怯んだ啓太は 毛ガニの逃亡を易々と許してしまった
[ 啓太 ] ・ 「 勇作にいちゃん~ カニが逃げる 」
 ポチャン! 水に入った毛ガニの逃げ足は 更に速くなる
ここで逃げられて堪るかと 必死で蟹を追う勇作 それを目で追う啓太
 バシャーン! 突然 勇作が川の中に倒れ込んだ 一夫と啓太が心配そうに見守る中 
勇作は全身から水を滴らせ ゆっくりと起き上がると 満面の笑顔を見せた
「 逃がすかい ! 」と言い放つ その手には しっかりと毛ガニが掴み捕られていた 
[ 勇作 ] ・ 「 家に帰って着替えてくるわ 」
          「 ついでに うちのかあちゃんに 蟹を湯搔いておいてもらっとくからな 」
         「 川から上って しばらく此処で待っとけ 」と言い
片手に蟹を持ったまま もう片方の手でバケツを持ち上げると 自宅に向かい歩き出した
一夫と啓太は 石垣の上に並んで座りこむと 近くにある小石を川に投げては はしゃいでいた
やがて自宅に着いた勇作は 未だ雫の垂れる服のまま 土間に入り込むと
「 かあちゃ~ん 川にはまってしも~たから 着換え出してー 」
と言いながら 毛ガニを流しの洗い桶に移し
「 此の毛ガニ 茹でといてなー 後で一夫と啓太に一匹づつ分けるから 食べたらあかんよー 」
勇作の母[ スミ ]は着替えを土間の上がり口に置きながら
      「 濡れた服は 物干しに掛けとくんやでー 」
[ 勇作 ] ・ 「 うん わかった 」
居間の奥から重蔵じぃちゃんの声が聞こえる
「 勇作、 毛ガニもええが 沢ガニを取って来てくれ 」
( はは~ん じぃちゃんはどうやら晩酌のつまみに 沢ガニのから揚げをと目論んでる様やな )
 ・・・
重蔵は 返事をしない勇作に焦れたのか「 駄賃出すさけ 行ってこー 」と言い出した
待ち構えていた様に 勇作はここぞとばかり言葉を畳掛ける
[ 勇作 ] ・ 「 俺と啓太と一夫の三人で50円づつの150円出すんなら 行ってもええよ 」
[ 重蔵 ] ・ 「 よし ちゃんと渡すから 頼んだぞ 」
勇作は土間でバタバタと着替えを済ませ 外に有る洗い桶に井戸水を張り
その中で濡れた服を適当に濯いでは絞り これまた適当に物干しへと掛けていった
[ 勇作 ] ・ 「 かあちゃーん 忘れず毛ガニ茹でといてなー いってきまーす 」
勇作はバケツを振り回しながら 啓太達の処まで駆け足で戻って行くのであった
[ 勇作 ] ・ 「 おーい 沢ガニ 取りに行くぞ 」
         「 じぃちゃんが 駄賃出すって言うとるから 予定変更や 」
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沢ガニの捕れる穴場は 先程の石垣からやや下流の 川幅が3メートル程の細長い中洲にあった
この場所は 重蔵じぃちゃんから父ちゃん そして勇作へと 代々受け継がれて来た場所だが
未だに 中洲にある川石を捲れば 沢ガニが面白いように捕れる
[ 勇作 ] ・ 「 小さい奴と 卵を抱いたメスは逃がしてやるんやで 」
[ 啓太 ][ 一夫 ] ・ 「 うん 」「 はい 」
早速 啓太は近くにある自分の両手幅大の川石をひっくり返すと 
沢ガニが3匹ほど「カサカサ」と走り回る そいつらを捕まえようと手で追い回してみるのだが 
中々どうして 簡単に捕まる沢ガニ達でもない
それでも 何度か取り逃がす内に 要訳コツを掴んだのか 一匹の沢ガニを片手で包み込んだ
捕まったカニは 必死にその小さな爪で 啓太の指を挟み込んで抗うが
啓太は「 痛くないよー 」と言いながら そいつをバケツの中に放り込む
沢ガニ捕りも 慣れて来ると以外な程捕れる様に成り 半時もしない内にバケツの中は
「 ガシャ ガシャ 」と言う音と 蟹の出す泡で 埋まって行った
[ 勇作 ] ・ 「 よぅーし もうこの位でええやろ 」
3人は揃って 屈めて居た背中を伸ばすと バケツの周りに集まっては 中を覗き込んだ
バケツの中の上々の首尾に 皆はほころんだ顔を見合わせ 
やがて バケツを持ち上げる勇作の後に付いて 3人は 七木家に向かって歩き出すのであった
七木家の土間に入ると 台所に丁度 重蔵じいちゃんが立って居た
勇作は「 こんだけ有れば ええやろ 」と沢ガニの入ったバケツを差し出して見せると
[ 重蔵 ] ・ 「 おぉ! 上等、上等 」
        「 ちょっと 待っとけ 」と言いながら 居間の方に姿を消した
暫くして 現れた重蔵が「 勇作 今 細かい銭が無いから お前の分の駄賃は後や 」
[ 重蔵 ] ・ 「 一夫 啓太 駄賃やるから こっちこー 」
        「 ほれ 手ー出してみろ 」
[ 一夫 ] ・ 「 ありがとー 」
[ 啓太 ] ・ 「 じいちゃん ありがとう 」
二人は重蔵に貰った五十円を握りしめ 笑顔を浮かべながら お互いの顔を見合った
[ 勇作 ] ・「 あー 蟹のハサミが一本 足りん 」
既に茹で上がった蟹を 新聞紙の上に取り分けて居た勇作が 突然 声を上げたのである
[ 重蔵 ] ・ 「 茹で上がり具合を ちょいとな 」
淡淡と悪びれもせず言い放つ重蔵に 何か言いたげな勇作では有るが 
未だ自分はお駄賃を貰って居ない事に思い当たり 言葉を控える したたかな勇作であった
[ 勇作 ] ・ 「 傷むのが早いから 蟹は今日中に食べちまえよ 」
二人に 新聞紙に包んだ毛ガニを 一匹づつ手渡し
[ 勇作 ] ・ 「 また 明日な ! 」
[ 啓太 ][ 一夫 ] ・ 「 ありがとう 」「 また 明日ねー 」
啓太は 七木家の前で一夫と別れ
手に握りしめたお駄賃と毛ガニを抱え 意気揚々と家路に着いた
自宅に入ると 台所で夕飯の支度をする母の目の前で 毛ガニを取り出して 自慢げに見せた
[ 母 ]   ・ 「 啓太が 捕まえたんかー 」
[ 啓太 ] ・ 「 うーんう 」
啓太の背後から突然 声が聞こえた「 蟹の匂いがするぞ ! 」
[ 啓太 ] ・ 「 あー びっくりした 」
いつの間にやら とうちゃんが啓太の真後ろに立って居た
蟹はとうちゃんの好物である したがって 蟹が有る事を知り得るのは時間の問題では有ったが
事の成り行きの速さに 啓太は 目を丸くするばかりである

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[ 啓太 ] ・ 「 勇作にいちゃんに 毛ガニを分けてもろ~たんや 」
           「 とうちゃんとかあちゃんに ハサミの所一本づつあげるさけ 
                           僕は 次の足と蟹ミソを貰うでー 」
      「 とうちゃん ! 居間に持って行くから しばらく座って待っててな 」
啓太は 毛ガニを母に預け 父の手を引いては 卓袱台の前に座らせ
徐に 卓袱台一面に新聞紙を敷詰め 取って返しては 
母の持つ毛ガニのハサミを一つ もぎ取ると 父の手に持たせるのであった
[ 啓太 ] ・「 後は 皆の分に分けるから 先にそれを食べててなー 」
      「 かあちゃん 蟹の足を分けたら お皿に胴体の所 出刃で切り分けて~な 」       
      「 甲羅の所は 僕の皿に入れといてや 」
すっかり 意気盛んに仕切りまくる 啓太をよそに 
父は既に蟹のハサミを食べ尽くし 次の 部位が来るのを待って居た
[ 啓太 ] ・「 とうちゃん 毛ガニは一匹だけやから もうこれでお仕舞や 」
三本の小さな足と切り分けた胴の乗った皿に 父の手を重ねる様に添え当てた
一匹の毛ガニを 三人で分けると 付き出し程度の粗末な量に成ってしまう
啓太は改めて 自分の皿を眺めると「 とうちゃん 甲羅の所も食べへんか ? 」
[ 父 ] ・ 「 ありがとうな 父さんは これだけでも十分な御馳走や 」
     「 甲羅は 啓太の当然のご褒美なんやから 啓太が食べなさい 」
父の申し出通り 啓太は甲羅を持ち上げると 小さな指で小削ぐ様にして蟹ミソを口に運んだ
量は少ないが 家族3人が顔を突き合わせて食べる 毛ガニは最高に美味しかった
[ 啓太 ] ・ 「 とうちゃん 次ん時には 食べ切れんほど いっぱい捕ってくるからね 」
[ 父 ]   ・ 「 そーか 楽しみにして待っとくで 」
[ 啓太 ] ・ 「 うん ! 楽しみにしててな~ 」
其の夜 啓太は夢を見た 可笑しな夢であった 
手に持ったバケツの中から 蟹が 次から次から這い出してくる
傍らで とうちゃんが両手に蟹を持って踊っている
啓太の周りで 蟹達が ブツブツ ブクブク ブツブツ ブクブク 何とも変梃りんな夢を見た

 

 

 

 

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啓太の一日 ( タマ )

Photo_8「 バサ バサ バサ 」
空が白み始めた日曜の早朝の出来事であった
裏の武田のじいちゃんちの鳥小屋から 騒々しい羽根音と埃の様に舞い立つ白い羽毛が見て取れた
啓太は裏のじいちゃんとの約束事で 毎朝この鳥小屋の掃除をする事と成っていたのである
( あれ 鳥小屋の中に何か居るぞ )
啓太は入口に立て掛けて有った 竹箒を取り上げると 恐る恐る 鳥小屋に近づいて行った
( 居る ) ほの暗い闇の中で 何かが息を殺して此方を覗っている様だ
啓太は 鳥小屋の掛け鍵に片手を掛けながら 改めて竹箒を握りしめた
息を殺し 慎重に掛け鍵を外し 開き戸が半分ほど開いた時 
「 ケコォー 」
突然の一声に 啓太はその場で一瞬にして怖気 固まってしまった
それは 未だ羽毛の舞う闇の中から現れ 
物凄い速さで啓太の横をすり抜けると 竹林の中へと素早くその姿を消して行った
啓太は それを必死で目で追うが その瞳には茶色いしっぽの残像が 辛うじて残るのみであった
( 狐や! 本物は初めて見たけど 今見たのは確かに 狐やった )
緊張した場面が脳裏で幾つもフラッシュ・バックしては消え 至極長い時を過ごしたように思える
啓太はかぶりを振り 鳥小屋の中を改めてゆっくりと見廻して見た
視界を遮る羽毛も少しづつ落ち着きを取り戻し ようやく鶏舎の中の様子がはっきりと見えだした
針金で覆われた鶏舎の隅の地面には 狐によって掘られたと思われる 小さな穴が開いており
更に 傍らに目を移す啓太の眼前に飛び込んできた光景に思わず声を上げた
「 うぁー 」
( タマ ) 其処には 小刻みに震えながら蹲る 若鶏が居た
それは紛れも無く 啓太が手塩にかけてヒヨコの時から此処まで育てた タマであった
凍りつく気持ちが タマに近づく事さえ許さず 啓太はその場に立ち尽くしたまま動けなかった
タマと巡り合ったのは 数か月前に遡る 
同級生の一夫君の家に行った時の事である 一夫君の家は 養鶏場を営んでおり 
家の手伝いをしている一夫君のことを 玄関で待ちながら退屈そうにしていると 
鶏舎の横から顔を出した一夫君の父ちゃんが 啓太に声を掛けた
「 ヒヨコ見てみんか 」と孵卵器の蓋を開け 卵から孵ったばかりのヒヨコ達を見せてくれた
孵卵器の中では ヒヨコ達が所狭しと動き回り「 ピョ ピョ 」と 鳴き声を競っている
ヒヨコ達の中に 尾羽の先が少し黒い奴が 啓太のことを見つめていた
そいつと目が合った瞬間( 僕のことを見てる )啓太にはどうしてもそう思えてならないのである
熱心に じっと眺めている 啓太の様子を見ていた一夫の父が口を開いた
「 一匹 持って帰ってもええぞ 但し そいつ等は未だ選別してないから 
                            オスなんか メスなんかも解らん 」
一夫君の父ちゃんの言う通り ヒヨコの雄雌は素人では判別が着かないらしい
それでも啓太は 尾羽の少し黒いヒヨコを 手の中に包み込むように抱きあげると
「 こいつ 貰ってええのんか 」「 おじさん ありがとう 」と頭を下げた
程無く 鶏舎の卵を集め終えた 一夫が 啓太の傍までやって来ては
「 そいつ どうするんや 啓太の家には鳥小屋なぞ無かろう 」
「 うん そやから裏のじいちゃん処の鳥小屋に置いて貰おうと思っとるんや 」
「 じゃあ 二人で頼みに行こう 」
武田のじいちゃんに 頼み込めば すんなりと承諾を得られると思っていた二人にとって
じいちゃんの返事は渋い物であった
「 置いてやってもええが うちの雄鶏に突かれて虐められるかもしれんぞ 」
「 それに もし 大きくなってオスであれば一緒にうちの鳥小屋で飼う事は出来んで 」
「 それでもええから どうか置いて下さい 」
「 う ~ ん 」
「 毎日 掃除も餌やりもします だから お願いします 」
「 よし ! 分った しかし啓太が言い出した約束はしっかり守るんやで 」
その様な経緯が有って ヒヨコが大きくなったら 卵を産むメスである事を願い
名前をタマと名付け 毎日の様に甲斐甲斐しく世話を続ける内 体色は白い羽毛に生え代わり
若鶏の風体を作り上げたが それでも 少し黒い尾羽がヒヨコの頃の面影を残していた 
数日前に じいちゃんが漏らした「 こいつはメスやな~ 」
その言葉を耳にするまでは 希望と不安が入り混じった心情を抱え日々を過ごして来たのだが
要訳 心配の種が減って 胸を撫で下ろした矢先の出来事であった
「 啓太 どうした 何が有った 」
背後からのじいちゃんの声に 我に帰った啓太は
「 狐や ! 狐が タマのことを 」
武田のじいちゃんは 啓太と入れ替わるように 鳥小屋の中に入ると
タマを抱き抱え 稿床にそっと寝かせ 啓太に声を掛けた
「 まだ息は有るようやが しばらく様子を見んと なんとも言えんなー 」
「 後は わしに任せて 啓太は家に帰っちょれ 」
啓太は 「 うん 」 小さく頷くと踵を返して とぼとぼ と自宅に向かって歩き出した
勝手口から 台所に入って行くと 朝食の準備をする母が目に入った
啓太は 母の傍に静かに近づくと 割烹着を ぎゅっと 抱きしめた
「 なんや ? どうしたんや 」
「 タマが タマが狐の奴に襲われたんやー 」
「 それで タマはどないなったんや 」
「 今は鳥小屋の中で蹲ってる 」
「 じいちゃんに しばらく様子を見な何とも言えんから家に帰っとれて 言われたー 」
「 そうか~ そんなら朝御飯が出来るまで 啓太も暫く布団に入って休んどきなさい 」
「 ぅん 」と 小さな声を洩らし また とぼとぼと寝間に歩き出した
寝間では 未だ啓太の布団が敷かれたままで 隣には とうちゃんも未だ布団に包まって居た
啓太は誘われるように 隣に有る とうちゃんの布団の中に静かに潜り込んで行く
父は布団に入って来た啓太に気づくと 頭にそっと手を乗せ 寝息を漏らした
Photo_9「 啓太 」 「 啓太 起きろ 」
誰かの声に目を覚ますと 目の前には 鍋を持った武田のじいちゃんの姿が有った
じいちゃんは持っていた鍋を啓太の目前に突き出すと
「 タマのことを食ろうてやれ 」と言う
啓太は突き出された鍋の蓋を持ち上げ 中を覗き込むと その中には白い肉片が入っていた
「 タマは肉に姿を変えたが これを悲しむ事無く 食ろうてやれ 」
「 わしらは毎日 何某かの命を頂いて生きておるんじゃ 」「 解るな・・・ 」
ぼんやりとした頭で じいちゃんの言葉に何と無く小さく頷いてはいるが
頭の中を じいちゃんの声が通り過ぎて行く
啓太には どうしても 鍋の中の肉片とタマを結びつける事は出来ないのである
この時 何故かしら奇抜な思い出が啓太を支配していた
以前 じいちゃんの米蔵でネズミを見つけた時の事である
じいちゃんは 年寄りとは思えない様な素早さで ネズミを追い詰めると 
次の瞬間には 右手の中にネズミを握りしめていた
ネズミは必死で抗い 鋭い前歯をじいちゃんの指に立てようとするが
じいちゃんは 気にも留めぬ様子で 左手でネズミの鼻先を力任せに押しつぶすと
何か音がしたかと思っている内に 左手を半捻りした
「 こいつも 種籾さえ食んかったら 可愛いやつなんやけどなー 」
啓太はこの時 生存競争の厳しさを まざまざと見せ付けられた思いで有った
「 啓太 肉は おまえのかあちゃんに渡しておくからな ! 」
立ち上がった じいちゃんの肩越しに柱時計が見て取れた 
時計の針はすでに十一時を過ぎており 辺りを見回すと 啓太の寝ていた布団だけが
ぽっんと敷かれたままで とうちゃんは既に仕事に取り掛っている様だった
啓太は徐に起き上がると じいちゃんの後を追うように 勝手口から鳥小屋に向かって歩き出す
歩きながらも 鳥小屋の中には未だタマが蹲って居る様な 錯覚に捉われてしまう
しかしながら 鶏舎の前に立つと 現実は否応なく淡い期待を尽く打ち砕いて行く
何処を探しても やはりタマの姿は無く 狐によって掘られた穴も綺麗に埋め戻されており
金網の周りには大きな石が幾つも並べられていた
「 啓太 来とったんか 」
「 タマの代わりの雛を また貰ってきて 置いて遣ってもええぞ 」
「 ぃぃ 」啓太は首を小さく横に振り じいちゃんの申し出に飛びつく事は無かった
改めてタマが死んでしまった事を 自分に納得させると 踵を返し自宅に戻る啓太の姿が有った
自宅に戻ると 卓袱台の上には既に昼食の用意が整っており
「 啓太 お昼御飯やから お父さん呼んで ! 」
淡々とした やりとりが 啓太の心のバランスを 辛うじて保って居た
「 うん 分った 」
啓太は マッサージ室の襖の手前まで来ると 良く通る声で「 とうちゃん ご飯やで~ 」
「 おぅ 今 行くから 」
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この時期 自宅の裏で豊富に捕れるミョウガが食卓を席捲していた
それは 薬味・香菜の位置を逸脱し 味噌汁・和え物・揚げ物・果ては お漬け物へと姿を変えて
主菜の地位にまで昇り詰めて居た
啓太は 此のところの食事に昇る これらのおかずに へきへきとしていたのだが
今日の昼食には 少し変化のある一品が添えられていた
鶏肉の塩焼きであった タマの変わり果てた姿なのである
「 いただきます 」
肉を口に含むと 塩味と甘い肉汁が口いっぱいに広がった
ともすれば 押し潰されそうな自分の心の防衛本能が働いたのか 乖離した言葉が漏れる
「 このお肉 美味しいね~ 」
タマが死んでしまった事はとても悲しいのだが この御馳走は美味しかった
啓太の中では 未だタマと この肉片を結びつける事は出来ない様である
母が口を開いた「 タマの卵を食べられなかった事が 心残りやねー 」
空かさず 父がたしなめる様に口を挟んだ
「 タマを襲った狐の奴は悪い奴だと思うだろうが 狐も必死で生きておるんや 」
「 自分の命の危険と引き換えにしても 生きて行かなならんのが 自然の摂理と言う物や 」
「 苦しい事や 辛い事を 食ろうて行くのが 生きて行くと言う事なんや 」

 

 

 

 

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啓太の一日 ( 鮎 )

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以前 勇作の父[ 太一 ]の提案で 夕涼みがてら
ゴリ[ ハゼの仲間 ]を取りに行こうという話に成って
太一の運転するトラックで とうちゃんと共に 少し離れた一級河川まで出掛けた事が有る
このような形で とうちゃんと屋外で過ごした事は滅多に無かった為 良く覚えていた
一行は 勇作と太一 啓太と父の四人連れで 河へと向かう事と成った
河に到着すると 七木家親子は 早速 網とバケツを携えて河へと降りて行った
啓太は河縁に 背の低い草むらを見つけると 目の見えない父の手を取り 其処へ誘った
[ 啓太 ] ・「 とうちゃん 此処に座ろ~ 」
ふたりは並んで 草むらに腰を下ろし 
しばらくの間 遠くから聞こえる列車の音や虫の音に 耳を傾けて過ごしていた
家を出る頃には夕焼け空であったが 今は 夜空に月が昇り 月明かりが水面を照らしている
啓太が 河に入った勇作達を ぼんやりと眺めて居ると
とうちゃんが「 啓太 河に入って見様か 」
「 河の中まで 連れてっておくれ 」と言い出し ズボンの裾を捲り上げた
丁度 自分も河に入りたくて ムズ ムズしていたので 是幸と とうちゃんの話に乗った
父の手を引き河原へ下り 其処で靴を脱ぎ 白く波立つ浅瀬を選んで河の中へと入ってゆく
川岸から2~3m入った所で とうちゃんが急に立ち止まってしまった
[ 父 ] ・ 「 啓太 ちょっと待ってくれ 」と言い 
腰を少し屈め 両手を足の踝辺りまで水の中に沈めると 暫くその体制のまま 一歩も動かない
啓太は父の奇妙な行動に「 足でも切ったんかー 」と問いただすと
[ 父 ] ・ 「 啓太 ほら ! 」
とうちゃんは ゆっくりと啓太の眼前に 先程まで水に浸けていた手を差し出して見せる
何事かと父の手に視線を移すと 両手に包まれた手の中で鮎が ビク ビクと蠢いていた
[ 父 ] ・ 「 啓太 さっさと受け取れ 」
啓太は いきなりの出来事に慌てて「 ちょ ちょっと待って 」と言い
周囲を見廻し 近場に居た 太一の元へ水しぶきを上げながら駆け寄っていった
[ 啓太 ] ・ 「 太一おじさ~ん バケツ バケツ 」「 鮎や鮎 」
[ 太一 ] ・ 「 バケツは勇作が持っとるんやが 」「 どうしたんやー 」
[ 啓太 ] ・ 「 とうちゃんが鮎 捕まえたから バケツがいるんやー 」
[ 太一 ] ・ 「 えっ! どうやって捕まえたんや 」
[ 啓太 ] ・ 「 分からんけど 今 とうちゃんが手に持っとる 」
[ 太一 ] ・ 「 お~い勇作 バケツ持ってこーい 」
バケツを持った勇作が近くまで来ると
太一は「 啓太の父ちゃんが 鮎を捕まえたらしいぞ 」と話すのだが
[ 勇作 ] ・ 「 ほんまか~ 嘘やろー 」「 啓太 嘘吐いたらあかんでー 」
[ 啓太 ] ・ 「 嘘なもんか ! 見たら分かる 」
三人は連れ立って 父の元へと歩き出した
やがて 父の手からバケツに放たれた鮎を見て 太一も 勇作も感嘆の声を洩らした
啓太は得意げに 「 なぁ 嘘やないやろー 」
[ 太一 ] ・ 「 角川さん どうやって捕ったんですか ! 」
            「 なんで そんなことが出来るんですか !  」
[ 父 ] ・ 「 偶々 鮎が手の中に入ってくれただけですよ 」
しかしながら 鮎を素手で捕まえる事など 奇跡に近い所業ある
父は皆の言葉に気を良くしたのか 再び腰を落とし 両手を水の中へと沈めていった
そんな父の姿を 啓太は期待に胸弾ませ 暫くの間 じっと見つめていたのだが
[ 父 ] ・ 「 あ~ 腰が痛とうなった 」
      「 もう 仕舞いやー 啓太 岸まで連れてってくれ 」
[ 啓太 ] ・ 「 とうちゃん もう一匹だけ もう一匹だけでいいから捕まえて~な 」
[ 父 ] ・ 「 無理や ! もう河から上るぞ 」
啓太は 落胆の表情を浮かべた後 一瞬 恨めしそうに父の顔を覗き仰ぐと 
やがて 思い直したかの様に 父の濡れた手を取り 河原へと歩き出した
角川親子に合わせる様に 七木親子も又 ゴリ捕りを切り上げて河から上って来る
帰りのトラックの中では 鮎の話で盛り上がっていた
啓太も この話を 早くかあちゃんに聞かせたくて ウズ ウズして落ち着かない
トラックが啓太の自宅前に着くと
太一はバケツから鮎を新聞紙に取り分け 啓太に手渡しながら 父に向かって
「 美味しそうな鮎と 良い土産話が出来ましたな~ 」
「 ゴリの方も 佃煮にしたら 勇作に届けさせますから 今日は此処で失礼します 」
啓太は 家に入ると 早速 新聞紙を開けて中の鮎を 母に見せると 
次から次へと 先程までの出来事を話しだした
鮎を塩焼きにする最中も 母に纏わり付く様に 延々と喋り続ける啓太であった
程無く 卓袱台の上に焼き上がった鮎が置かれ                  
母が身を解し出すと 啓太は箸で解された身を摘み
[ 啓太 ] ・ 「 とうちゃん 」「 あーん して 」
あの時の 照れ臭さそうに口を小さく開けて待っている父の顔を思い出すと 嬉しく成って来る

 

 

 

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啓太の一日 ( アリジゴク )

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[ 父 ] ・ 「 啓太 父さんの仕事が終るまで待って居られるな 」
[ 啓太 ] ・ 「 うん 」「 神社の裏で 遊んで待ってるから 」
啓太には 父の仕事が終るまでの時間を潰す あてが有った
実は 神社の裏には無数のアリジゴクが居る事を知っていて          
その穴にアリを落としてみようと 家を出る前から企んでいたのであった
さてさて いよいよ啓太のアリジゴク計画の開始である
神社の裏に回り込むと 思惑通り小さなすり鉢状のアリジゴクが無数に点在している
啓太は早速 一つのアリジゴクに目星を付け その中に砂粒を一つ落としてみた・・・
何も起こらなかった・・・もう少し砂を流し入れた・・・埋まってしまった
次の穴に 松の葉を一つ拾い その先っぽで( チョン チョン )と 突いてみると
すり鉢状の斜面が動き 松の葉をアリジゴクのギザギザした口先が挟み込むが 直に引っ込んだ
「 アリ.アリ.アリ 」啓太は小さなアリを見つけると
そいつを潰さない様に摘み上げ アリジゴクの中に落とした 
アリは斜面を登り 這い出そうとする その一瞬 アリジゴクに捕まり 砂の中に姿を消して行く
そんな取り留めのない 餌遣り作業を延々と飽きる事無く 時間を忘れ没頭する啓太の耳に                        
いつの間にか仕事を終えた父の声が聞こえてくる
「 啓太 家に帰るぞー 」その声に素早く反応して 啓太は父の居る玄関口に駆け戻るのであった

 

 

 

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啓太の一日 ( お祭り )

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遠くから お囃子の笛の音が聞こえてくる
「 ピー ピー ピーヒャララ ピーヒャラ ピーヒャラ ピーヒャララ 」
秋祭りであった 
啓太は小学生に上った為 初めてお祭りのだんじり太鼓を叩ける事と成った
とは言っても 啓太達小学二年生以下の者は 合いの手に ドン ドンと二回打つだけではあるが
それでも お祭りの立派な主役である事は間違いない
[ 母 ] ・「 啓太 両手挙げて 」
今から母に 八尺ふんどしを捲いて貰うのだが 
体の小さな啓太にとって 八尺は少々長すぎる様である 
八尺総てを捲き付けると どうにも ダブつき気味でしっくりとしない
母はもう一度 さらしをまき直すと 
三尺ほど残した辺りで 裁ちバサミを持ち出して さらしを切り取った
[ 母 ] ・「 こんなもんやろ 次は お化粧しようなー 」
まずは 目張りを入れ 次に唇に紅を注してゆくのだが 慣れないせいか 顔がむず痒い
[ 母 ] ・「 啓太 動いたらあかん もうしばらくやから じっとしてなさい 」
ようやく お化粧も終わり 母の差し出す手鏡を覗くと 時代劇の役者の様な顔が映っていた
[ 母 ] ・「 男前 一丁上がり 」
最後の仕上げに 頭にねじり鉢巻きをして 真新しい鮮やかな水色の半被を着せてもらうと
[ 啓太 ] ・「 いってきまーす 」
啓太は 太鼓のバチを握りしめ 足早に玄関を飛び出し 七木家に向って歩き出した
七木家の前には 既に支度を終えた勇作が 待ちわびる様にバチを振る仕草を見せて居た
[ 勇作 ] ・「 啓太 用意は出来たか 」
啓太は 勇作の問いに対して 返事もそこそこに 勇作の顔をまじまじと眺めると
[ 啓太 ] ・「 男前やな~ 」と 母の受け売りそのままを口に出すのである
急に掛けられた言葉に 勇作はなにやら照れ臭く 返事の仕様に困り果てて
[ 勇作 ] ・「 おまえも男前に成ったで~ 」とお互いに褒め合う やりとりと成った
[ 勇作 ] ・「 そろそろ だんじりの所へ行くか ! 」
啓太は「 ちょっと 待ってて 」と言い 七木家の中に入って行く
土間にはスミおばさんが居て「 かわいい太鼓打ちが出来上がったんね~ 」と声を掛けられたが
[ 啓太 ] ・「 ゆり子姉ちゃんは ? 」
[ スミ ] ・「 父ちゃんとゆり子は もう だんじりの所に行ってる筈やよ 」
啓太は自分の晴れ姿を 真先にゆり子姉ちゃんに見て貰おうと意気込んでいたのだが                              
残念ながら 当てが外れてしまった
[ 啓太 ] ・「 おばちゃんも 後で 僕が太鼓叩くのを見に来てな 」
[ スミ ] ・「 ちゃんと見に行くさけ がんばるんやでー 」
[ 啓太 ] ・「 ほな いってきまーす 」
七木家の玄関を出ると 勇作が声を掛けてきた「 家に なんぞ 用事があったんか 」
啓太は言葉を濁して「 ちょっと 」などと小さな声で答えると                   
そそくさと歩き出し「 早よ 行こう 」と勇作を促す
だんじりの有る場所まで やって来ると
既に 一夫、孝介、雄一の三人が 日頃とは違った緊張した面持ちで 待機している
啓太は周りを見回して ゆり子姉ちゃんを探すのだが その姿を見つけることは出来なかった
だんじりの側の縁台では お神酒を頂いて 顔を赤くした勇作の父ちゃんが
すっかり出来上がっている様子で 周りの大人達と陽気に話し込んでいる
[ 勇作 ] ・「 啓太 キョロ キョロしてねーで 順番通りに並べ ! 」

今年の太鼓の打ち手は 六名が受け持つ事に決まった
先ずは勇作、雄一、孝介が ロング・パートを受け持つのである
啓太と一夫は三人の間に入って 合いの手よろしく 「 ドン、ドン 」と二回打ち鳴らし
しんがりを務めるのは 太鼓の指導をしていた青年団のお兄ちゃんで              
フル・パートと乱れ打ちのアドリブを混ぜて 太鼓の打って行くと言う塩梅である

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やがて 笛や鐘の御囃子のボリームが大きくなると「 やっせ やっせ 」の掛け声と共に
引き手の綱がピーンと張り だんじりは静かに動き出した
啓太たちは 勇作を先頭に だんじりの後部に備えつけられた大太鼓に張り付くように付いて行く
御囃子の笛を吹く人の合図に合わせて まずは勇作が 「 ドンド トット ドンド トット 」・・
「 トントン ドン ドン トントン ドン ドン 」
御囃子の節目に 全員が「 さっさ 」と言う掛け声を上げると
両手に持ったバチを両肩の上に構え 次の打ち手と交代するのである
いよいよ 啓太の順番が回って来た 胸の鼓動は 忙しなく鳴り響き 
足元は だんじりに付いて行くのが精一杯で 肩に乗せたバチが小刻みに震えている
「 ピー ピー ピーヒャララ ピーヒャラ ピーヒャラ ピーヒャララ 」
「 ドン ドン 」 笛の相槌に合わせて 上手く太鼓を叩く事が出来た
「 さっさ 」掛け声に合わせて 最後尾に戻ろうとする啓太の視線に
沿道に居る ゆり子姉ちゃんの姿が飛び込んで来た
啓太は 思わずバチを持った両手を振り上げ「 ゆり子姉ちゃーん 」と叫んでしまう
皆が ゆり子の方を振り返る中 ゆり子は 暫く少し恥ずかしそうにしていたが
「 啓太 がんばるんやでー 」と大きく手を振ってくれた
だんじりは町内を一通り練り歩くと 村外れの氏神神社に 奉納する運びと成るのだが
この神社は 村が管理しており 日頃は無人で 宮司さん さえも居ない
従って 賽銭箱の賽銭と お祭りで集めた寄進の大部分は 神社の修繕費に消えて行ってしまう
神社に着くと 社務所、拝殿 どこを見ても 相当傷みが激しいのが現状である
それでも 今日のこの日の為に 婦人会 総出で草取りをする等の甲斐あって
近隣から集まった そこそこの人出と 社務所の前には 露店が八軒ほど並んでいた
子供達は此処で お役御免と成るのだが 青年団の人達は引き続き落ち着いた御囃子を奏でて居た

「 御苦労さま 」
青年団の団長が 出店で買った物であろう リンゴ飴を携え 子供達に手渡していった
啓太はこの日 母に貰ったお小遣いの百円全て使って リンゴ飴を買う心づもりをしていた為
この 思いがけないご褒美は 飛び跳ねて走り回る程に嬉しかった 
頂いたばかりのリンゴ飴をじっくりと眺め 唾を飲み込み 早速 噛り付いてみた
だが 思いの外 林檎の周りの飴は固く 林檎を味わうまでの道のりを遠くに感じてしまう
それでも何度か 自分の歯をぶつける様に繰り返すと ようやく真赤な飴の一部が剥がれだした
飴の中には赤い林檎が入っていると思い込んでいたが 中身は青りんごが入っており
自分の期待とは違った事に 啓太は少し納得できない表情を浮かべながら
酸味の効いた林檎を噛り取っては 口に頬張った
口の周りを赤く染め リンゴ飴を夢中で食してはいるが 頭の中では次の予定を考えて居た
( 浮いたお金で 何を買おうか )
( よし! 決めた! 先ずは金魚すくいをしよう )
今の今まで 勝手に一人で境内をうろうろしていた癖に 急に勇作の姿を探し出す 啓太であった
露店のくじ引きの前の人ごみの中に 勇作達を見つけると すり寄る様に近づき
[ 啓太 ] ・「 勇作にいちゃん 僕な、金魚すくいするんやけど
                 もし 掬えたら 勇作にいちゃん所の池に入れていい 」 
[ 勇作 ] ・「 ええけど 秋祭りの金魚は 春に生まれたばかりやから 弱いで 」
[ 啓太 ] ・「 それでも 金魚すくいしたいんやー ええやろ 」 
[ 勇作 ] ・「 俺は此処で くじ引きをするから 啓太 独りで行ってこい 」
[ 啓太 ] ・「 うん 行ってくる 」
ようやく 食べ終わったリンゴ飴の串を 露店横のごみ箱に捨てると
しばらくは 金魚すくいをしている子供達の様子を 後ろから観察する事にした
金魚を掬うお玉は モナカの皮の様な物で それを下向きに曲げた針金の柄に刺して有り
勢いを付けて 金魚を掬おうとすれば 簡単に皮の部分が外れる仕組みに成っている
従って 目の前で金魚を掬う子供達の容器の中に
二匹以上の金魚が入っている物は見当たらなかったが 啓太は意を決して 店主に声を掛けた
[ 啓太 ] ・「 おじさん ! 一回いくら 」
[ 店主 ] ・「 一回 三十円で 掬えなくても一匹サービス 但し袋は別で三十円や 」
首に掛けた巾着袋を 徐に取り出すと 袋の中に手を入れて
[ 啓太 ] ・「 はい ! 百円 」
啓太は お玉とお釣りの七十円を受け取り 慎重に金魚を入れる容器を金魚の傍まで動かし
目星を付けた金魚の後ろから お玉を水の中に浸けて行った
金魚は思いの外 簡単にお玉の中に収まり 調子良く容器の中に入れようと手を動かした瞬間
金魚の入ったお玉の皮は 呆気なく 針金の柄から外れてしまった
店主は待ち構えていた様に 間髪を入れず 
[ 店主 ] ・「 僕 金魚は持って帰るかい ? 」「 それなら 袋代 三十円や 」
[ 啓太 ] ・「 う・うん 」
店主は慣れた手つきで 啓太の手元の容器に一匹の金魚を網で掬い入れ 
自分の後ろに有る籠から ビニール袋を取り出し「 はい 三十円 」と手を出して見せる
啓太は 店主のぞんざいで一方的なペースに反発を覚え 押し流されまいと 口を開いた
[ 啓太 ] ・「 僕 あの黒い出目金がええ 」
一瞬の間を置いて
[ 店主 ] ・「 今日の主役やから 特別サービスやで 」と言い
金魚の入った容器を空け 網で素早く出目金を掬い上げると「 こいつで ええか ? 」
[ 啓太 ] ・「 ありがとうー 」と三十円とビニール袋を交換した
一連の流れに不満は残るが 結果としては まずまずである
啓太は 手首に金魚の入った袋の紐をくぐらすと ゆっくりと立ち上がり
勇作達の居る くじ引きの露店へと歩き出した

Photo_5[ 雄一 ] ・「 あー はずれた~ 」
くじ引き屋の前では 勇作達が四人で占拠する様に 声を上げて騒いでいた
[ 啓太 ] ・「 勇作にいちゃん なんかええもん 当てたんか~ 」
[ 勇作 ] ・「 おぅ 啓太か 金魚は掬えたかー 」
[ 啓太 ] ・「 掬えんかったけど 出目金貰うて来たでー 」 「 ほら 」
[ 勇作 ] ・「 約束通り 家に帰ったら うちの池に入れてやるからな 」
[ 勇作 ] ・「 それより 啓太はくじ引きはしないんかー 」
[ 啓太 ] ・「 えーと あと四十円残っているから 父ちゃんと母ちゃんに
               ミルク煎餅二つ買うと 二十円残るから二回くじ引き出来る 」
[ 勇作 ] ・「 啓太の父ちゃん ミルク煎餅 好きなんかー 」
[ 啓太 ] ・「 わからん 」
だけど ミルク煎餅を食べる 父の姿を想像すると なんだか口元から笑みがこぼれる
[ 啓太 ] ・「 くじ引きは 二回出来ればええんや 」
[ 勇作 ] ・「 二回でええのんか 俺なんか この焔硝鉄砲が当たっただけで
                      ハズレ続きで 軍資金が無くなってしもーた 」
[ 啓太 ] ・「 ミルク煎餅は絶対買うから 二回でええんや 」
      「 おじさん くじ引き二つ 」
店主に二十円を差し出して 三角くじの入った箱を見据え 徐に手を伸ばすと
[ 勇作 ] ・「 啓太 箱の隅のやつを狙え 」
[ 啓太 ] ・「 うん わかった 」
アドバイス通りに取り出した三角くじを 恐る恐るめくる啓太の側から 勇作が覗き込む
[ 勇作 ] ・「 おっ! 四等 や 」「 啓太 四等は銀玉鉄砲やでー 」
      「 もう一つの方は どうや ! 」
      「 あー はずれてしもーた 」
やや興奮気味の勇作は「 おっちゃん 四等や 」と言い 
さっさと賞品を受け取ると それを啓太に渡し
[ 勇作 ] ・「 なっ 俺の言うた通りやろ 」と 自慢げに講釈を述べるのである
啓太は 勇作の言葉を聞きながら 店主にハズレくじを見せては 残念賞のガムを受け取ると
呆れ果てるほどにテンションの高い勇作に対し 持ち上げる様に話しかけた
[ 啓太 ] ・「 勇作にいちゃん ミルク煎餅のくじも当ててーな 」
[ 勇作 ] ・「 よっしゃ まかせとけー 」
ミルク煎餅のくじ引きは 箸立ての中の箸に 印が有るか無いかの単純な物であるが
勇作は慎重に目星を付け 二本の箸を引き抜のだが 二本のどちらもが 尽くハズレてしまった
[ 勇作 ] ・「 ちくしょー 」
強気の勇作を 少々調子づかせてしまった後悔が 啓太の行動を淡々とした物にしてゆく
勇作の 未だ興奮冷めやらぬ態度とは裏腹に 然程残念がる事も無く
二十円を払って ハズレ分のミルク煎餅を受け取ると それをティッシュに包み 巾着袋に収め
[ 啓太 ] ・「 勇作にいちゃん お家に帰ろー 」
[ 勇作 ] ・「 う うん 」
[ 勇作 ] ・「 おーい みんな 帰るぞー 」
雄一、孝介、一夫の三人は連れ立って 勇作の傍までやって来ては
[ 孝介 ] ・「 啓太 ミルク煎餅は当てたんかー 」
[ 勇作 ] ・「 聞くな ! 」
三人は顔を見合せると 下向きに顔伏せて「 クスクス 」と笑い出した
勇作はバツが悪いのか 徐々に歩みが速く成り どんどん 先へ先へと歩いて行く
[ 啓太 ] ・「 勇作にいちゃん ちょっと待って~な 」
啓太は 金魚の入った袋の口元を握り 銀玉鉄砲をさらしの間に押し込むと 
小走りで 勇作の後を追った
後に残された三人も これ以上勇作の機嫌を損ねては大変とばかりに 走り出す
やがて 村の家並に近づく頃には 勇作も落ち着きを取り戻し だんじりの話に花が咲いていた
一人また一人と 自宅に戻り 啓太と勇作が七木家の前まで辿りつくと
[ 啓太 ] ・「 勇作にいちゃん この金魚 母ちゃんに見せてから 池に入れていい 」
[ 勇作 ] ・「 おぅ わかった 後でなー 」

啓太は 自宅の玄関の引き戸をゆっくりと開けながら
[ 啓太 ] ・「 ただいまー 」
[ 母 ]  ・「 おかえり 太鼓は上手く叩けたんか ? 」
[ 啓太 ] ・「 うん ちょっと疲れたけど 失敗せずに終わったよ ! 」
[ 母 ]  ・「 そーか~ よかったねー 」
[ 啓太 ] ・「 母ちゃん ! 貰った小遣いで 金魚掬いしたんや 」
      「 ほら見て 」と 母の目の前に 金魚の入った袋を差し出す
[ 母 ]  ・「 出目金やないか 」「 えーと 金魚鉢は無いけど 何か・・・ 」
[ 啓太 ] ・「 いい ! こいつは勇作にいちゃん所の池に入れて貰うから 」
[ 母 ]  ・「 池に入れる前に 暫くは 袋ごと水に浸けて 同じ水の温度にしてやらな
                   金魚がびっくりして 死んでしまう事も有るんやで 」
[ 啓太 ] ・「 そうなんかー !  母ちゃんの言う通りにする 」
[ 啓太 ] ・「 それより 父ちゃんは ? 」
[ 母 ]  ・「 お客さん 帰ったばっかりやから 未だ 仕事場に居ると思うよ 」
啓太は 巾着袋からミルク煎餅を取り出し マッサージ室の襖を音を立てない様 静かに開けると
忍び寄る様に父の後ろに立ち 父の口めがけて ミルク煎餅を差し入れた
[ 父 ]  ・「 むぐぐ 」「 啓太か ? 」
[ 啓太 ] ・「 美味しい ? 」
[ 父 ]  ・「 旨いけど 甘いし 口の中にくっ付く 」と もごもごと言い回しながら
啓太の頭に手を伸ばし 頭の上に手を置くと そのまま立ち上がり
ミルク煎餅を口に銜えたまま 居間へと歩き出した
[ 母 ]  ・「 お父さん 何銜えてるの 」
[ 父 ]  ・「 お茶・・・ 」
[ 母 ]  ・「 ハハ ハ ええもん貰ろうたんやね 」
[ 啓太 ] ・「 母ちゃんの分も有るでー 」と ミルク煎餅を母に差し出した
[ 母 ]  ・「 ありがとう 」「 お父さん 今 お茶入れるわな 」
      「 啓太も もう 着替えとき 」
[ 啓太 ] ・「 金魚が アップ アップしてるから 先に池の中に放してくる 」
母の言葉を尻目に 自宅を飛び出した啓太の本当の思惑は別に有った
ゆり子ねえちゃんに 自分の晴れ姿を 改めてしっかり見て貰いたかったのである
啓太は 七木家の小さな池に 金魚の入ったビニール袋を そのまま水の中に浸けると
すぐさま 土間に入って行った 土間から覗き込んだ居間の中には
スミおばさん ゆり子ねえちゃん 勇作にいちゃんの三人が見て取れた
本命は ゆり子ねえちゃん なのだが 啓太は少し恥ずかしさを覚え
[ 啓太 ] ・「 勇作にいちゃん 金魚 持って来たから池に入れてええか 」
[ 勇作 ] ・「 啓太 未だ そんな恰好しとったんかー 」
勇作は既に 化粧も落とし 普段着に着替えて仕舞っていた
ゆり子が口を開いた「 啓太 勇ましくて 可愛かったよ 」
啓太は ゆり子のこの一言に 照れながらも舞い上がってしまう 
天にも昇る様な夢見心地の高揚感に包まれ 胸の高鳴りを抑え切れない そんな囁きであった
[ 勇作 ] ・「 金魚は 何所にあるんや 」
勇作の声に 要訳 現実に引き戻された啓太は「 今 池の中に袋ごと浸けて来た 」と答える
[ 勇作 ] ・「 それなら 今から行って 池の中に離してやろう 」
[ 啓太 ] ・「 うん 」
二人は連れ立って表に出ると 早速 池の傍まで遣って来ては
勇作が袋から出目金を池の中に放つのだが
黒い出目金は池の深みに入ると もう何処に居るのかも判らなくなってしまった
[ 啓太 ] ・「 あ~ あ~ 赤い奴にすれば良かった 」

 

 

 

 

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啓太の一日 ( 蜂の巣 )

Photo
「 啓太、行くぞ ! 」
玄関の前で 勇作は啓太を促し 今から 勇作が見つけた蜂の巣を取りに行こうと言うのである
実は 今回が二度目の挑戦であった 前回は軽い気持ちで 軽装備のまま実行に移してしまい
散々な結果に終わってしまったのだが
今回は 勇作の意気込みが いでたちからも窺える程であった
勇作の装備内容は まず 麦藁帽子に蚊帳の切れっぱしを被り
だぶつき気味の白いツナギに 軍手と長靴 そして 蜂を燻る為に作った煙タイマツを三本
煙タイマツは 柴にヨモギとドクダミを括り付け 更に回りを藁で捲いた物で
勇作の考えうる 最も臭い煙の出る 独創的な武器である
さて此処で 前回の失敗を思い起こし 事の顚末を話さねば成るまい
勇作の見つけた蜂の巣は 土の中に作られた 地蜂の巣であると聞かされていた
巣のある場所は お寺の裏の雑木林から 頻繁に飛ぶ蜂を追い眺めて
                            巣の入り口を見つけたのだと言う
二人は 半ズボンにランニングといった姿で 爆竹に煙玉花火を携え お寺に向かった 
雑木林の手前には サルスベリの木が生えており
                   その隣のマキの木にはサルノコシカケが生えていた
なんとも奇妙な舞台セットの前まで辿りつくと
勇作は「 啓太は 此処で待ってろ 」と言い
啓太の見守る中 蜂の巣の入り口に向かって 勇んで歩きだした
巣の手前まで近づいた勇作は ポケットから爆竹を取り出し 火を点けたかと思うと
それを鮮やかな程 見事に巣穴に放り込み 一目散で啓太の元へ駆け戻って来た
パン・パン・パンと爆竹が弾ける音が鳴り止むのを見計らい
次に 煙玉を用意して近づく勇作が 煙玉に火を点けた瞬間
巣穴の奥から不気味な羽音を轟かせて 蜂が次々と飛び出して来ては 勇作に襲いかかって来た
[ 勇作 ] ・「 うわー 」 「 あいたー 」
            「 啓太 逃げろー 」 「 目 狙われっから 薄目開けて走れー 」
二人は必死で 走る 走る 小川を飛び越え 田んぼの畦を踏み崩し
息も絶え絶えに ようやく七木家の土間に飛び込んだ二つのイガグリ頭は もはや凸凹であった
居間にいた[ 勇作の父 ]太一が ふたりの騒ぎを聞き付けて 引き戸から顔を覗かせた
[ 太一 ] ・「 どうしたんやー 」
[ 勇作 ] ・「 蜂に刺されてしも~た 」
いつもなら真先に騒ぎ出す啓太の筈であるが 蜂の毒に当てられたのか いまいち反応は鈍かった
[ 太一 ] ・「 ちょと待っとれ 」
しばらくすると 太一が小皿に入った液体と脱脂綿を持って現れ ふたりの頭に塗って行く
[ 啓太 ] ・「 お酒 ・・・ 」
[ 太一 ] ・「 ああ さっき一杯やってたからな~ 」
それを耳にした勇作は 突然「 あー 」と叫び出し                  
「 啓太 来い 」と力任せに啓太の腕を引っ張るのである
[ 啓太 ] ・「 なん なん 」
[ 勇作 ] ・「 しょんべんや しょんべん塗られたんや 」
[ 太一 ] ・「 これが一番効きよるんやがな~ 」
表の井戸に啓太を引き連れて行くと 勇作は「 水 」「 早よ! 水出せ 」とせっつく
未だ緩慢な啓太に 手押しポンプ[ 通称 ガッチャン・ポンプ ]を動かせと言うのである
啓太は言われた通りに ポンプのハンドルを上下に何度も動かすのだが ちっとも水が出て来ない
Photo_2[ 勇作 ] ・「 あ~ も~ 」
      「 呼び水しな いかん 」と言うと
汲み置きのバケツ水を ポンプのピストン部に注ぎ入れて「 もう一度 」と喚く
啓太は渋々と言った表情を浮かべ ハンドルを動かし出すと 今度は勢い良く水が流れ出てきた
待ってましたとばかりに 早速 勇作は暴れる様に 自分の頭を水で洗い流すのであった
[ 勇作 ] ・「 啓太 交代や 」
啓太は未だ緩慢な動きで 流れる水の中に頭をあてがうと ゆっくりと洗い流しだしたが
水の冷たさを感じる事も無く 頭がカッカと燃えている様な感覚を消し去る事は出来なかった
そんな こんなで 思い出したくも無いほどに前回はしたたか痛い目を見た 啓太と勇作であった
「 今日は此処で待ってろ 」
二人がお寺の境内に入ると 勇作は啓太を ブランコの傍で待って居る様にと言い渡し
意を決した面持ちで 一人蜂の巣の有る方角へと歩き出した
啓太がひとり ブランコの傍でブラブラしている所へ 孝介と雄一がやって来た
この二人は同じ学年と言う事もあって いつも一緒につるんでいる
[ 啓太 ] ・「 孝介, ブランコでどこまで飛べるか競争しよう 」
[ 孝介 ] ・「 孝介にいちゃんとか呼べんのか お前はいつも俺達の事を呼び捨てにしよる 」
[ 啓太 ] ・「 だって にいちゃんは勇作にいちゃんだけやし 君は付けたらあかんのやろ 」
      「 孝介さんやと おっさんみたいやから やっぱり孝介は孝介や 」
[ 孝介 ] ・「 お前には付き合ってられんわ 」
減らず口をたたく啓太に 二人は へき へきと言った表情を浮かべ
[ 孝介 ] ・「 もうええ ! お前と勝負したるけど 俺達に勝てると思っとるんか 」
三人は代わる代わるブランコを振り上げる様に漕いでは飛び降りて 着地点に線を引いて行った
[ 孝介 ] ・「 どうや ! まいったか 」
[ 啓太 ] ・「 一番は 雄一やから 孝介が言う事無かろう 」
[ 孝介 ] ・「 口の減らん奴やなー 啓太は 俺にも負けとろ~が 」
其の頃 勇作はと言えば 蜂の巣の出入り口の前で 煙タイマツに火を付け
芯になる柴が十分燃えるのを確認すると それを手早く 穴の出入り口に突っ込んでいった
三本の煙タイマツを全て入れると 少し離れた落ち葉の間から煙が立ち昇るのを見つけ
勇作は 土でその部分を塞ぎ 両手いっぱいの土を 手のひらに乗せたまま
しばらくの間付近を見回し 蜂が出て来る様な穴が残っていないか確かめた
やがて 土の中では煙が充満したのか 地面のあちらこちらから漏れる様に煙が漂ってきた
漂う煙の範囲を見るにつけ 蜂の巣の大きさを つい想像してしまう勇作であった
今回は手早い行動も相まって 予想外に蜂の反撃に遭う事が無かった
後は時間を掛けて 煙に燻された蜂が弱るのを待つだけだと確信した勇作は 
満足げな表情を浮かべ 啓太の待つブランコに向かい歩き出した
[ 啓太 ] ・「 勇作にいちゃん もう終ったんかー 」
[ 雄一 ] ・「 勇作にいちゃん そんなかっこうして 何してたん 」
[ 勇作 ] ・「 雑木林の中に有る蜂の巣を 煙で燻して来た所や 」
      「 もう暫く待てば蜂も弱るやろから そしたら 蜂の巣を掘り起こしに行く 」
      「 あっ ! しもう~た 鍬を持ってくるのを忘れた 」
[ 孝介 ] ・「 そんなら 俺が 和尚さん処で借りて来る 」
[ 勇作 ] ・「 後で 孝介も蜂の巣 掘り出すのを手伝うか ? 」
[ 孝介 ] ・「 それは 勘弁や 」
やはり 男の子は一度や二度 蜂に刺された経験が有る為 おいそれとは 話に乗ってこない
しばらくは 勇作も皆と一緒にブランコ遊びに興じていたが
時間が経ちすぎると 蜂が元気を取り戻しかねないと思い 鍬を手にした
やがて 先程の蜂の巣の在る場所に立ち戻ると 辺りを見回した
最早 煙が立ち上る様子も無かった 勇作は巣が在ると思しき所より 少し離れた場所に鍬を入れた
土を掘り起こすと じんわりと土の間から煙が立ち込める 更に掘り進めると
途中で土が陥没した ぽっかりと空いた空洞からは 煙と共に数匹の蜂が姿を見せた
勇作は まだ 蜂たちが飛び立つ元気の無いことを確信すると ここぞとばかり一気に掘り進めた
要約 蜂の巣の全体が露に成ると それは結構な大きさであった
[ 勇作 ] ・「 啓太、雄一、孝介 今なら大丈夫だ こっちきて手伝え 」と大声を上げた
三人は勇作の元へ急いで駆けつける
皆が 勇作の周りに集まると 待ってましたとばかりに 蜂の巣の上層から順番に手渡してゆく
啓太は 初めて見る蜂の巣の白い膜が気になって 膜を摘み取ると 中から蜂がごそごそと出て来た
[ 啓太 ] ・「 うわー 蜂が出て来た 」と思わず蜂の巣を地面に落としてしまう
[ 勇作 ] ・「 啓太、膜の張っている所は もう直ぐ大人に成る奴が入っとるから
                          飛び回る事は無いが 気い付けるんやで 」
[ 啓太 ] ・「 あー びっくりした 」
[ 勇作 ] ・「 皆、俺ん所で分けるから 落さん様に持ってこいよ 」
七木家の土間に入ると 勇作は水屋の中から 皿を三枚取り出しては
[ 勇作 ] ・「 一枚は未だ蜂の格好に成って無い奴を入れて 」
      「 もう一枚は蜂の格好に成とっても 白い奴を入れるんや 」
      「 後の一枚には 黒くて蜂の格好に成っちまってる奴を入れるんやで 」
皆は 各々 蜂の巣からハチの子を摘み出す
[ 勇作 ] ・「 啓太は白い膜の所は残してええからな 後で俺がやったる 」
ハチの子を恐る恐る 摘み出す啓太の様子を見て
[ 孝介 ] ・「 啓太、食べてみるか? 」と未だ蜂の格好に成って無い奴を 目の前に差し出した
啓太は 孝介の指先でウニュウニュしているハチの子を見て 首を振りながら後ずさりする
[ 勇作 ] ・「 啓太は初めてやから 怖いんやろ 」
      「 今、啓太でも食べられる様にしたるからな 」
勇作はそう言うと フライパンを持ち出して ハチの子をフライパンで煎ってゆく
やがて 土間いっぱいに 香ばしい香りが立ち込めると
[ 勇作 ] ・「 啓太、食べてみるか? 」「 うまいぞー 」と言いながら
自分の口の中にハチの子を放り込む
啓太は 少したじろいだが 思い切ってハチの子を口の中に入れた
食べてみると 成る程 卵焼きの様な味がして 美味しかった
[ 啓太 ] ・「 勇作にいちゃん これ美味しいわ 」
[ 勇作 ] ・「 苦労した甲斐が 有ったろー 」
      「 こっちの黒い成虫は 硬いから佃煮にしな 食べられんけどな 」
      「 また 蜂の巣を見つけたら 取りに行こうな 」
[ 孝介 ] ・「 でも 蜂に刺されるのは かんべんや 」

 

 

 

 

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